第4話 痕はつけて、つけられたい

 はー、と上を向いて息を吐く。
 蒸気のように白い煙が上り、赤みがかった空に消えていった。

「……さむ」

 ベンチとの間に制服を挟んでも冷たい。
 今日は一日中快晴らしいけど、陽が出ていようと寒いものは寒い。できれば、公園じゃなくて教室で待っていたかったのに、灰野が『待ち合わせっぽくしたい』と言うので、ここで生徒会からの帰りを待つことになった。

 間もなく冬休み。
 だから、仕事納めらしいけど。

「忙しーなー」

 でも、きっとまだこれからだ。
 来年になれば俺だって、こうやって公園でぼーっとなんてしていられなくなる。灰野みたいに受験勉強をして、模試を受ける。家庭教師ー……はないにしても、塾は行くかもしれない。家計的には行きたくないが。

 余暇が埋まる。
 灰野で埋めていた時間が、他のもので満ちてしまう。

「…………女々しいなー」

 嫌だーって思うのが、嫌だ。

「――だーれだ?」

 世界が暗くなる。
 目の上から冷たさが伝わってきて、瞼の裏が寒くなる。

 いまの時代、こんなことするやついるんだ。レトロブームってこういうことだっけ?
 声で、というか、行動で誰かわかるんだけど、正解はなんだろう。

「あー……サンタクロース」
「惜しいね!」

 惜しいんだ。

「生徒会長」
「うーん、遠ざかった」
「クラス委員長」
「少し近づいたかな?」

 もはや匙加減でしかない。

「灰野」
「ブラジルくらい遠いなー」

 正解を当てにいったのに、見当違いですと言われてしまった。もしかして、灰野が欲しい答えを当てるゲームになってないか?

「もう少し甘く、ね?」

 なってた。
 10℃を下回る気温。できれば屋内でしてほしいなーと思う。
 答えがわかりきったやり取りはただのごっこ遊びだ。でも、まだ顔を見ていない以上、本当に灰野かはわからない。だから、たぶんまだごっこじゃない。

「シュレディンガーの灰野」
「にゃー」
「鮫……じゃないっ?」
「たまには」

 ちょっと笑う。
 もはや答えなんだけど、笑って少しだけあったかくなったから、もう少しだけ付き合おうと思う。甘く……恋人っぽく? 難題だけど、頑張ろう。

「……優莉?」
「いいね、近づいてるよ」
「彼女さん」
「ふひゅっ」

 後ろ髪に変な笑い声がかかった。どういう心情。

「うーん、恋人?」
「ちょー惜しい」
「……ギブ」

 わからん、本気で。

「しょうがないなー」

 明るくなる。
 晴れた視界に灰野が回り込んできて、にっと白い歯を見せる。

「正解は……“俺の優莉”、でしたー」

 灰野でも可らしい。

「自己主張いる?」
「いるよ」

 ぽむっと膝に座ってくる。

「好きだーって、言われてる感じがするから」

 そうだろうか。
 所有物感がある。少し傲慢かなとも思う。でも、逆に『私の律』とか主張されて嬉しいだろうか? ……なんか、恥ずかしさばかりが増して、嬉しいかは微妙。

 周囲のへの主張とか威嚇とか、そういうのだろうか。

「好きだー」
「好きかー」
「……たぶん」
「恥ずかしくならないでー」

 なるだろ。
 公園で彼女を膝に載せて好きだーって……なるだろ。

  ◆ ◆ ◆

 するり、とマフラーを盗られる。

「……寒いんだけど」
「んー?」

 人の話を聞かないで、背伸びをして覗いてくる。
 歩道はそんなに広くない。人、来てないかな。周囲を注意していると、「あった」と耳元で呟かれてドキリとする。

「なにが?」
「キスマーク」

 小さく唇を突き出してくる。
 昨日の今日だ。強く吸われたあとはくっきりと残っている。制服である程度隠れるかな、と思っていたけど、割と首の方にあってマフラー装備になった。

 やたら嬉しそうに笑う灰野から顔を背けて、そっぽを向く。電柱でカラスがかーって鳴いた。

「冬なのにやたらデカい蚊に刺されてな」
「求愛だ」
「吸愛はなー」

 残るからやだなー、痕が。

「灰野はさー」
「うん」
「やたら残したがるよな、痕」

 キスマークもそうだけど。
 簪もそうだし、ピアスもそうだ。

 まだお互いにファーストピアスは取れてなくて、耳たぶには銀が鈍く光っている。けど、お互いに傷をつけてはいて、そうした痕を残したがっているように見えた。

「痕……」
「そう」
「……って、なんかえっち」
「そうじゃない」

 ジト目でじーっとすると、「わかってるから」と灰野の目元が緩む。確かめるようにピアスのついた耳に触れて、考えるように顔を上に傾ける。

「私のーって痕をつけてほしいし」

 琥珀の瞳の中に俺が映り込む。

「つけてほしいなーって」

 照れたように頬を染められても、怖いんだけど。