第2章

第1話 今日だけ甘える

 物理でアタックしてくる灰野を押し退けて、ぺいっと放り投げる。
 雑な扱いがさらに不満を増長させているのがその表情からわかるが、じゃれ合ってたら話が進まないから仕方ないよね。どうでもいいし。

「生徒会長ねぇ」

 ふと、朝の教室での光景を思い出す。

「先生に呼び出されてたのって、それか」
「そう」

 渋々といった様子で灰野が頷いた。
 お説教ではなかったという予想は当たったな。嬉しい呼び出しでもなかったようだけど。

「やってられない」
「へー」
「面倒くさい」
「そー」
「なんで私が」
「大変だねー」

 女子バスケの漫画面白いな。
 スポーツ系は熱血系もいい。ほんわか4コマもいいし、なんならスポ根は大好きだって……あ。

「なにすんだよ」

 読んでた漫画を奪われた。

「もっとなんかないの?」
「たとえば?」
「どうしたの? 話聞こうか? あーそれは彼氏が悪いね。俺ならそんな思いさせないのにとか、あるでしょ」
「未成年だし、妹みたいなものでもないから無理」

 なにより、その流れの話をされて嬉しいのだろうか。

「せめて、灰野かわいいね、困ったことがあれば手伝うよ、くらいは言えるよね?」
「手伝いたくないから」
「副会長やるとか」
「生徒会モノの漫画なら読みたい」

 クラスの副委員長ですら面倒だと思っているのに、学校の副会長とかやりたいわけがない。唇を尖らせて、あぐらをかいた俺の膝をぺちぺちしてくる。なんでこの子文句が子どもっぽいんだろうね、いつも。

「そんなに嫌なら、やんなければ?」
「…………」

 黙っちゃった。
 頬まで膨らませて、上目で見てくる。拗ねた態度で、言葉にしてないけど『わかってる癖に』と言っているような気がする。

 まぁ、わからないでもない。
 灰野は優等生だ。いま、ここにいる灰野が優等生かどうかは議論の余地というか、そんなわけないと断言できるが、学校に限定すればいい子である。
 そう振る舞っているし、周囲もそう思っているはずだ。先生から生徒会長に推薦されるくらいには。

「好きにすればいいけど、難儀な生き方してるよな」
「……女の子だから」
「その言い方だと、世の女の子が皆面倒くさいって聞こえるんだけど」
「そうだよ」
「……そうなのか」

 なにを当たり前を、みたいな素の反応をされて、ちょっとショック。

「女の子はもっとふわふわした綿菓子みたいな子もいると思ってた。灰野を除いて」
「なんで私を除いた?」
「キャロライナ・リーパーはちょっと」
「せめてグラブジャムンにして」

 よく返せたな。
 ちなみに、キャロライナ・リーパー世界一辛い唐辛子と、グラブジャムン世界一甘いお菓子のこと。どっちも劇物であるのに代わりはない。

 辛い甘い、裏表はともかく。まぁ、しょうがないか。
 テーブルの上にあるメニュー表を取る。やたら高級感のある黒い表紙を開いて、中のデザートメニューを眺める。

「パンケーキでいい?」

 メニュー表から顔を上げると、灰野の表情が少しだけ柔らかくなっていた。やっぱり、笑っている方がいいよな。

「パフェは?」
「あるな」

 女の子を慰めるのは、必要経費になるのだろうか。
 クッションを抱えたまま、灰野が這い寄って隣に座ってくる。ぴたりと、人の肩に頭を乗せて、メニュー表を覗き込んできた。ふわりと漂う女の子の香りに近さを感じる。

「期間限定のあるね」
「苺パフェ……って、高くね?」

 1000円超えてるんだが。
 恋人割で節約している高校生にはなかなか厳しい値段だった。パンケーキの方がまだ安い。3桁だから。

「女の子ならふわふわパンケーキじゃないの?」
「苺パフェだって女の子っぽいでしょ」
「……ぽい、けどぉ」

 パフェの写真の下を見る。

「値段がかわいくない」
「かわいいものって高いから」
「自己評価高いな」
「……」

 なんで黙る。
 顔を横に向けたら、思ったより近くに顔があって不覚にもドキッとした。ベージュの瞳を大きくして、俺をじっと見つめている。

「な、なに?」
「いや、私のことかわいいって思ってたんだって思って」
「…………そういうことじゃ」

 でも、言い回し的にそうなるのか?
 お高い女って意味で言ったんだけど、それはつまるところ灰野をかわいいと認めているのと同じなのか。

「かわいくない……とは言わない」
「そっか」

 なんか小さく笑われて、頬が焼ける。

「ありがと。じゃ、パフェで」
「……そこはパンケーキの流れじゃないのかよ」
「それはそれ、これはこれ」

 ズルい区別。
 仕方ない。言い出したのは俺なので、今回は甘んじて身を切ろう。それに、さっきよりはいい顔をしているんだから、俺が財布を軽くする意味もあるというものだ。

「俺もポテトくらい頼むか」
「私ピザ」
「…………今日だけだからな」

 やっぱりかわいくないかも。

「じゃあ、今日だけ甘える」

 にへ、と相好を崩して、両手を俺の膝の上に置いてきた。