第3話 他人のモノが欲しくなる、お馬さんに乗るのが大好きな女子高生に気をつけろ
両腕を上げて、お手上げ状態。
そのままくっついてなにをするでもないので、放置して漫画を読み進める。
「…………」
ぺらっとページを捲る。
メイドって日本でも雇えるのかな。家政婦がいるのは知ってるけど。でも、行き過ぎるとこまで行くとそれこそデリヘルだし、創作物のようなフリフリメイドさんは世の中には存在しないんだろうな。
「なに読んでるの?」
「メイドさんの漫画」
「私が着る」
「いいねー」
「でも、お世話は律がする」
「コスプレだな」
「イメクラ」
「……イラストメンバークラブ」
「無理ない?」
だって、思いつかなかったから。
というか、俺が性的イメージから離すような単語を選んでるのわかって言ってたのか。理解してるなら、そういうエッチな方向に話を転がさないで。遊んでるんだろうけど。
「わきこちょ」
「くすぐったーい」
主従関係もいいな。
「……人が気持ちよく腰振ってるのに喘ぎ声ひとつ上げない立ち◯ぼなの?」
「なんで男目線なん?」
表現が最低すぎるし。
「なに? 構ってほしいの?」
「別にそんなんじゃないし」
「冷めたツンデレ」
「夜勤で帰ってきた夫のご飯が冷凍弁当」
「子どものお迎えとか家事とか大変なんだからねー」
「仕事で疲れてるのにー」
しばらくおままごとをして。
「眠い」
自由な奴。
「はいはい寝なさいな」
漫画に目を落としたまま、膝の上にある頭を撫でる。思ったよりもしっとりサラサラしていて、触り心地がいい。
体も髪も。
どこも手触りがいいな、灰野は。
「うん、寝る」
頷いて、でも顔は上げたままだ。離れもしない。
なに? と見つめ返したら、ちゅっ、と首筋に唇を押し当てられた。
「キスはストレス発散になるんだって」
へー、だから?
と言ってやりたいが、声が出なかった。そのままパタンッと顔を伏せて、膝の上で寝てしまう。自由な奴ではなく、自由過ぎる奴だった。
「……」
首筋に触れると、一部が熱く濡れている気がした。
「見誤ってるなー」
距離感。
◆ ◆ ◆
「――律くん」
学校で話しかけられることはあんまりない。
ほとんどが先生で、時折クラス委員の手伝いとして灰野が話しかけてくるくらいだ。
下の名前を呼ばれるのはもっとない。というか、初めてか。
だから、俺が呼ばれたのか判断できなくて、俺? と自分を指差すと、知らない間に席の近くにいた女の子が笑顔で頷いてくれた。合ってるらしい。
「なに?」
写真アップ系のSNSで見る地雷系の化粧をした女子。
クラスメイトでは……ないはずだ。
普段と違う化粧をしているとかだとわからないけど。女の子って化粧ひとつで変わりすぎだと思う。でも、2時間メイクしたと言われると、それはもう化粧じゃなくて変装では? と言いたくなる。
「えっと、学年が上がってからは久しぶり……だね?」
モジモジするように前髪をくるくる弄っている。
「わたしのこと、覚えてる?」
「もちろん」
知らない。
でも、真実を告げる必要はないから、ぺかっと笑顔を作っておく。たぶん、言葉振り的に1年のとき同じクラスだったんだろう。きっと。そういうことにして話を進める。
「あはっ、嬉しいなぁ」
手を合わせてパァッと笑顔になる。
うーん、なんか所作が一々こうあざと……いやなにも言うまい。その元クラスメイトの女子(仮)さんは人差し指をちょんちょんっとあざとく合わせて、俯き気味にあのね? と尋ねてくる。
「律くんは灰野さ――」
「佐藤くん」
灰野がいた。
正面側に。すげー笑顔なんだけど、笑顔じゃないと感じる矛盾はなんなのか。
「お昼休みなのにごめんね? クラス委員のお仕事、副委員長として手伝ってもらっていいかな?」
「あぁ、うん」
席を立つ。
「高橋さん、話の途中にごめんね?」
「……ううん、大丈夫」
またね、と笑顔で手を振って高橋さん(仮)は去っていく。教室から出ていくのを見送って、
「で、なんだったの?」
そう言ったら、灰野がクソデカため息を吐いた。
◆ ◆ ◆
「――結局、他人のモノが欲しくなったんだよ」
廊下を先導する灰野の後ろをついていくと、そんなことを言い始めた。
「あー……高橋さんのこと?」
「そう、あの高橋さん」
「致命的なルビ振らなかった?」
優等生の仮面にヒビが入ってる。
昼休みの学校で、人の目もある。
廊下の生徒は授業から開放されてこっちの声なんて聞こえていないが、誰が聞いているかわからない。指摘したら、不貞腐れたような顔だった灰野が、あはっと笑顔に切り替わる。
「股関節がゆるゆるで足が開き放しで、お馬さんに乗るのが大好きな女子高生だったね!」
「スケスケだー」
オブラートちょー貫通。
「佐藤くんも気をつけてね? 人の彼氏何度も盗って捨ててるんだから」
「へー」
そうなんだくらいの感想しかないが。
でも、なんで俺に話しかけ……って、あー。
「狙われてたのか」
「…………いま、気づいたの?」
「うん」
頷いたら、ジト目を向けられた。
「そんな顔されても。女子に口説かれたの初めてだし、わかんないって」
「へーそーなんだー」
なんでちょっと声が嬉しそうなんだ。非モテでごめんね?
「でも、変な話だな」
「大丈夫、佐藤くんは格好いいよ!」
「俺がモテないのを変だとは言ってない」
励ましてるつもりで、傷つけてる。
「他人のモノが欲しくなるのに、なんで俺?」
誰かのモノになったつもりはない。俺は俺のモノ。
「……」
「灰野?」
「お昼どこで食べようか?」
「弁当は教室にあるのよ」
明後日の方を向いて露骨に逸らしてきたな。
まぁいいけど。
小鳥遊だか橘だかのお話はそこまで興味ない。それよりも、お昼が大事。お腹空いた。
「それで、クラス委員の仕事って?」
「え、ないよ?」
灰野が肩口に振り返って、目を細めて笑う。
「――ないよ」
なんで? とは訊けなかった。