第3話 幼い子どものように無邪気に笑って、露天風呂に誘ってくる。

「で?」

 トイレから出てきた俺を、灰野が冷めた目で見ている。
 それを見て俺はふっと笑って、壁にもたれかかる。

「……酔った」
「なんで乗り物酔いしやすいのに、本読んだの?」
「体調ふつーだったから忘れてた」

 酔い止めの薬飲んだことすら忘れて。
 それだけ効果があったということなんだろうけど、その結果オールして居酒屋のゴミ捨て場に捨てられているサラリーマンみたいになっているんだから、修学旅行の反省が足りていなかった。

「平気?」
「あー……前よりはマシだから。でも、少し休ませて」
「なら、近くのカフェで。奢りで」
「出しまーす」

 灰野が俺の腕を取る。
 支えるように寄り添ってきて、その柔らかさと体温のおかげで少し胸が軽くなる。

「柔らかーい」
「酔うと知能指数下がるの?」

 かもしれない。
 欲望がダダ漏れてよくないなーとは思うけど、警戒心薄く当ててくる方にも問題があるのではなかろうか。

 灰野に手を引かれながら、駅ナカのカフェでひと休憩。

「ロールケーキうまぁ」

 名物らしいロールケーキを美味しそうに頬張っている。
 すでに2個目で、着いて早々財布の中身が心配になってきた。

「……その細い体のどこに入ってんの?」
「ここ?」

 ふくよかな胸を押さえる。

「世の女性が聞いたら嫉妬で狂いそうな発言だなー」
「モー」
「牛の自覚があったか」
「さめー」
「出た、謎の鮫推し」
「しゃーく」

 笑ってると、酔いも落ち着いてくる。
 フォークで差し出してくるロールケーキを食べつつ、今後の予定を決めておく。

「一旦、ホテルでいい?」
「荷物置きたいよね」

 観光が先でもいいけど、配送をケチったツケが出てくる。
 2泊3日。
 そんなに荷物も多くないし持っていけるよねー、という軽い気持ちで、実際持ってこれてるけど、やっぱり邪魔だった。

 一往復で終わった予定の確認。はむっ、と灰野は最後のひと口を放り込む。

「とりまホテルって頭を下半身に支配されてるみたいでなんかエッチじゃない?」
「頭が男子高校生」
「女の子ですが?」
「エッチだねー」

  ◆ ◆ ◆

 バス、バス、バス。

「長いって……っ」

 山だからしょうがないけど、ぐねんぐねん。

「私もちょっとキツかった……」
「ふたり揃ってグロッキーはまずいな」
「クロッキー」
「それは素猫すねこ」
「にゃー」

 意外と余裕がある。お互いに。
 ホテルに着いて、荷物を預けたあとウェルカムケーキとドリンクを貰った。

「サービスでこういうのあるのな」
「ドリンクがコーヒーしかない」
「マロンケーキ? 美味しい」
「本当にウェルカムされてる? ぶぶ漬けに近いものじゃない?」
「UnwelcomeDrinkアンウェルカムドリンク」
「バンド名みたいでかっくいー」

 エントランスの座席でウェルカムされつつ、しばしの休憩。
 壁面はガラスで、赤や黄色といった紅葉がよく見える。広いエントランスにはちらほらと宿泊客の姿があるが、座席にいるのは俺たちと老夫婦のみ。

 山奥なのもあってか静かで、時間の進みを遅く感じる。

「……このままぼーっとしてたい」

 ぐーっと、どこかで腹の虫が鳴いた。

「お腹減った」
「ぐーっとしてたかー」

 カフェでロールケーキ2個も食べたのに。

「灰野のお腹はBH」
「私のWウェストは細いから」

 BlackHoleブラックホールな。

  ◆ ◆ ◆

「ビーフとカレーがおいしぃ」
「共食い」
「誰が牛だー」

 灰野。
 またバスに揺られて、我慢できずにじゃ◯りこをポリポリしつつ、美術館に到着。そこのレストランで、自然豊かな山を眺めて昼食タイムだ。

「律は……ダイエット中の女子?」

 眉を潜められた俺の食事はシーザーサラダ。

「体重が気になるお年頃なんだよ」

 実際はバス酔いとチーかまでお腹の空きがないのだけど。

「サプリを歳の数食べるタイプ?」
「それ、実際やってる人いる?」
「いるよ、健康自慢の阿部さんが」

 阿部 is 誰。

「体重は?」
「りんご3個」

 ハロー・◯ティだった。

「サン◯オ公式HPより」
「キ◯ィちゃんだ」
「身長はりんご5個分」
「キ◯ィちゃんだな」
「体重は36kg」
「阿部さんだな」

 美術館のレストランで話すことがキ◯ィちゃんと誰かも知らない阿部さんの話とか、内容なさすぎだと思いつつ完食。レストランを出て、美術館を巡っていく。

「デカい顔」

 彫像? の前で首を横に傾ける。
 角度を変えてもデカい顔だ。

「美術品見て、その感想は感受性死んでない?」
「なら、灰野の感想は?」
「んー」

 両手の親指と人差し指でファインダーを作る。

「美白」
「石膏せっこうだしな」
「大理石ですが?」

 ……無知を晒した。
 灰野のおやおやぁ? というからかいの顔がうざい。

「知ったかぶりぃ?」
「勘違い」
「ならしょうがないねー?」
「そのニヤついた顔は?」
「しょうがないって顔」

 面白がってる顔だろ。

「ピ◯ソあるって」
「話を逸らしたー」
「フルネームは?」
「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピ◯ソ」

 すご。

  ◆ ◆ ◆

「――どうぞごゆっくりお過ごしください」

 ホテルでカードキーを受け取り、部屋に行く。

「つかれたー」
「寝るならせめて着替えろー」

 お気にの白いパンツが見えてるぞ、はしたない。
 通りざまにぺちんっと尻を叩いてスカートを直す。

「セクハラだー」
「見せつけられてる俺の方がセクハラでは?」
「残念だけど、女性が訴えれば勝つ世の中なのよ」
「世知辛ーい」

 荷物を端に寄せて、手を洗う。ダイブ。

「寝るならせめて着替えなさーい」
「パンツだから大丈夫」
「私は小言貰ったのに」
「パンツだから」
「パンが2まーい」

 死んでるなー、会話。

 家のよりふかふかで、眠たくなってくる。移動移動移動ばかりで疲れたからな。まだ、観光する時間はあるけど、明日もあるしー……と、睡魔に身を委ねようとしたら、灰野がこっちのベッドに乗り込んできた。

「……狭い」
「律の部屋のベッドよりは広い」
「確かに」

 ふたりで寝ても、家のベッドより余裕がある。

「…………よくよく考えると、ふたりで寝てベッドが広い狭いわかるのしけぇでは?」
「エッチじゃないからへーき」
「幼女だしなー」
「これが?」

 むにっと胸を寄せるな。

「りつー」

 灰野の指先で頬に触れる。

「なに? 観光行きたいの?」
「露天風呂、入ろ?」

 幼い子どものように無邪気に笑って、誘ってくる。