第3話 日傘を買いに行って、ショッピングモールで着物を着る

 待ち合わせはネカフェの前。
 お互いわかりやすいよなということでそうなった。でも、ちょっと失敗だったと思っている。

「……汗が、止まらん」

 直射日光、ビルの照り返し、地面から立ち上る熱気。全部が暑い。
 待たせるのもどうかと思って10分前に来たが、ギリギリまで粘ってればよかった。いまからでもファーストフードに入って涼みたい。でも、いまさらここを離れるのもなー、と頭がふらふらしてる。

「水、買っておけばよかったな」
「はい」
「うひっ!?」

 首筋に冷たい感触。
 皮膚を貫く水気と冷気に体が震えた。パシッと押さえて振り返ると、楽しげに笑う灰野が歯を見せていた。

「早いね」
「なにか言うことは?」
「はい、どうぞ」

 結露で濡れた水のペットポトルを差し出される。

「…………ありがと」
「どういたしまして」

 イタズラと気遣いがセットなのはどうなのかと思う。文句が言えなくなる。軽く飲んで蓋を閉めようとしたが、そのまま灰野が奪ってくる。

「くれたんじゃないの?」
「私の分しか買ってなかったんだよね」

 それ、俺が口つけたんだけど。
 平然と唇を押しつけて、灰野は喉を鳴らす。半分近く飲んで、「汗かいてたー」なんてどうでもいいことを言う。

 中学生じゃないしな。

「ちょっと顔赤くない?」
「どっか入って涼むぞー」
「はーい」

 と、歩き出したら、ついてくる。
 イタズラするのに邪魔だったのか、地面に置いてあった日傘を灰野は拾い上げる。持ち上げて、そっと影をかけてきた。

「ショッピングモール?」
「かなーって」

 気にするだけ疲れるだけだから。

  ◆ ◆ ◆

 駅を跨いでショッピングモールへ。
 映画館もあって、テナントは充実している。夏の対策グッズも満載で、もちろん日傘だってある。

「これなんていいんじゃない?」
「いいものだけど」

 灰野がおすすめと言って、パッと開いた傘を半目で見る。

「……なんで番傘なんだよ」
「おしゃれ」
「折りたたみ部分あっさり捨てないでくれない?」

 真っ先に和物のお店に向かったと思ったら、なんで番傘引っ張ってくるんだ。俺が欲しいのは傘は傘でも折りたたみの日傘で、おしゃれは二の次なんだよ。

「紅白の番傘と紋付羽織袴が似合うよ」
「チャペルがいい」
「理想の結婚式像があるタイプ?」

 ないよ。

「和装は堅苦しそうってだけ」
「体験に勝る経験なし。店員さーん」

 どこいくねーん。
 手を上げて灰野が小走りする。そのまま和装美人の店員さんを捕まえて、笑顔で頷かれていた。振り返った灰野が笑顔を浮かべて、手で丸を作る。

「着物の試着いいって」
「まず耳から新しいのにしてもらいなさい」

 面倒って言ったろ。話聞け。
 唇を尖らせたところで子どもみたーいって煽ってくるだけで、試着は既定路線だった。着付けを店員さん(男性)に手伝ってもらい、あれよあれよと着せられた。

「へー」
「……なんだよ」

 値踏みするように腕を組み、じろじろと灰野の瞳が上下運動する。

「似合ってる」
「やったー」

 棒読み。
 単衣ひとえの着物。夏仕様らしく、思ったよりは軽く、厚くはない。

「男なら濃紺だね」
「ジェンダーバイアスだ」
「じゃ、次はドピンクの花柄で」
「すみませんでした」

 速攻で頭下げたよね。
 灰野が見たのって和洋合わさったフリフリスカートの着物だし。女装しろって言うのか。

「歌舞伎には女形おんながたってあるし、普通普通」
「それは……いやスカートは違うだろ?」
「宝塚あるし」
「でも」
「ジェンダーレス」

 適当にそれっぽいこと言って、煙に巻こうとしている。このままだと、本当にフリフリスカートのドピンク着物を着せられそうなので、さっさと灰野にバトンタッチすることにした。
 あっさり着替えに行った辺り、本気ではなかった……と思いたい。

「どうよ」
「……」
「ご感想は?」
「…………思った以上に似合ってて、皮肉も言えない」
「可愛いって素直に言えよー」
「ちょーかわいい」
「いえーい」

 灰野が両腕を上げて、ずるりと袖が下がる。
 朝顔が描かれた薄い水色の着物。かんざしをしていて、長い髪を後ろでまとめている。

「容姿はいいんだよな、容姿は」
「大和撫子だったか」
「内面の美しさ……?」
「脱ぐ?」

 内って物理的な意味じゃないから。

「レンタルできるってー」
「日傘買いに来ただけなのに」

 寄り道の方が長くなるのは、ショッピングあるあるなんだろうけど、随分と大仰になっている。
 店員さんに「いってらっしゃいませ」と手を振られて、ショッピングモール内を練り歩く。けど、歩きづらい。

「下駄に違和感が」
「ファッションは根性」

 女性って、緻密に美しく着飾るけど、最後は力技なのなんとかならないのか。

「コケそうになったら、専用の支えがあるから平気でしょ」

 さらっと腕を絡めてくる。

「一緒にコケて死んでくれるの?」
「あ、違った。クッションだった」
「体重は?」
「“私のこと好き?”」
「……重い女だ」

 押し潰されて中身がぶしゃーしそう。
 重い女の柔らかくて重い部分を腕に感じながら、目的であった日傘を見て回る。ひとまず、手頃にアパレル系から。

「セールしてる、これでいいかな」
「私が選ぶって約束しましたー」

 価格に釣られて即決しそうになったところを、灰野が契約を盾に邪魔立てしてくる。そんな約束はしてない……はず。たぶん、あれしたっけ? ノリで喋っていると会話内容をあっさり忘れる。

「――あ、ヤバ」
「や? あ、あ、なー」

 にー、と近くにあった試着室に押し込まれる。
 そのままシャーッとカーテンを閉められて……なんで?

「灰野さんだー!」

 あれ? この声は。

「こんにちは、奇遇だね」

 優等生モードの灰野の声が聞こえて確信する。
 相手、クラスメイトか。