第2話 旅行はあーだこーだと予定を決める時間が一番楽しい

 箱根……観光っと。

「ロープウェイ、大涌谷」
「美術館は行くから」
「芸術品見てうぅむってそれっぽく唸るタイプ?」
「帰ってから意識高いレポート書くタイプ」

 それはレポートを書くことが目的になってないか?

「にしても、ネカフェ来るようになって初めてネカフェらしい使い方してる気がする」

 パソコン使ってポチ、ポチ。
 授業以外であんまり使うことないから、キーボード操作が覚束ない。これならスマホで調べた方が早い気がするけど、ふたりで同じ画面を共有するならモニターはデカい方がいい。

「映画も漫画も寝るだけもネカフェらしいでしょ」

 俺の肩にこてんっと頭を乗せて、女の子座りしている灰野が反論を提示してくる。

「普段は漫画読んで寝るだけだろ」
「らしさの押しつけはよくなーい」
「男らしい女らしい」
「女がトランクスを履いてもいい」
「いいけど」

 まだ気になってたのか。今度、買ってくるか? 女子へのプレゼントが男物のトランクスってのもどうかと思うが。場合によってはセクハラ判定を受けそうだ。

「どこ行きたい?」
「律は?」
「海賊船」
「略奪?」
「いや、海賊王」
「ぴすとるー」

 ふにっと顔をグーパンしてくる。
 伸びないし勢いもないので、拳をくっつけてきただけだけど。

「私は温泉」
「ずっと言ってるな」
「あたぼうよ」
「江戸っ子?」
「東京って江戸だっけ?」

 知らない。

「俺は黒卵を食べたいかなー」
「寿命伸びるんだっけ?」

 えーと、1個食べると……。

「7年」
「オリンピックが1と3/4観れるね」
「ハ◯ー・ポッター?」
「無限の彼方へ、さー行くぞー」
「墜落しそう」

 映画違うし。
 って、そうだ。

「泊まる場所」

 忘れてた。

「ホテルか旅館かー」

 旅行サイトっと。

「温泉あるとこ」
「箱根ならどこでもあると思うけど」

 カチカチ。

「夕食はーっと」
「ホテルビュッフェあるとこで」
「コースでもよくない?」
「……旅行行ってまで嫌いなものを笑顔で食べたくない」

 優等生も大変だ。

「旅費に余裕があるわけでもなし、ホテルが安牌か」
「リーチで危険牌を切るときの興奮が忘れられないの」
「ざわ、ざわざわ」

 えーっと、金額設定。

「そういえば、旅費とか親の許可ってどうなった? うちはなんか母親が俺以上にノリ気で、旅費も出してくれることになったんだけど」
「え、ブタさん貯金箱は?」
「腹から絞り出さなくてよかったな」

 妙にショックを受けてるし。そんなに貯めたかったのか?

「別に今回じゃなくてもいいし、貯めればいいんじゃない?」
「かしゃかしゃいぇーい」

 両腕を上げる。こーどもー。

「私の親も大丈夫。快く送り出してくれたから」
「へー」

 ちょっと意外。
 詳しくは聞いてないけど、厳しい家庭なのかなって思ってたから。許可を取るのも一苦労なのかと。

「意外と放任主義なんかね」
「……………………………………ぅん」

 声ちっさ。黙っちゃったし。

「部屋は別?」
「あははー」
「冗談は言ってないんだよなー」

 とはいえ、どうせそんなことだろうとは思ってたし、説得を試みようとしたところで『いまさらでしょ?』構文で押し切られるのは目に見えてる。負ける戦はしない主義。……なんでかわからないけど、妻に尻に敷かれる夫の気持ちがちょっとだけ理解できた。なんでかわからないけど。

「負け続けた経験が俺たちから反抗の牙を抜いた」
「エロサイトでも見てるの?」
「旅行予約サイトってエロサイトだったのか」
「うん」

 エロサイトの定義を誰か教えて。

「ベッドはダブルでいいよ?」
「97センチ×195センチ」
「シングルじゃん」
「ジングルベール」
「鈴がぁ鳴るー」

 単純なやつでマザー助かる。

  ◆ ◆ ◆

 ホテルの予約はできて、観光ルートはあーだこーだ。
 まだ決まってない。
 でも、旅行まであーだこーだするのが楽しいから、あえて有耶無耶にしたところもなきしにもあらず。

「じゃ」
「またねー」

 ネカフェの前で灰野と別れる。
 11月に入って、日も短くなった。夜道を女の子ひとり歩かせるのもどうなのかなと最近思う。送っていこうか。そう言いたくなるけど、ネカフェの前でこうしてあっさり別れるのに情緒的なものを感じている。エモさ。

 考えている間に灰野の背中は小さく……ならなくて。

「そうそう」

 と、言ってあっさり戻ってきた。エア◯イド顔負けの速度で駆け抜けていったな、エモさ。

「土曜日、旅行の買い物行くから空けとくよーに」
「決定事項なん?」
「どうせ暇でしょ」

 確定事項みたいな言い方なんなん。

「家事全般あるから」
「主夫ー」
「主夫でーす」

 ピースしたら、指を握られた。

「ちょいちょい猫みたいだよな」

 動くものに反応する。

「しゃくしゃくしゃーく」

 鮫推し。

「じゃ、また明日ー」
「あー、灰野」

 また背中が小さくなりそうな灰野を呼び止める。なに? と振り返ってきて、その無垢な顔にちょっと気後れして。頬をかいて、夜空を仰ぐ。月は雲に隠れて、背中を押してはくれなかった。

「暗いし、送ってく」

 言うと、灰野の瞳が丸くなる。
 空じゃなくて、月は地上に落ちていたらしい。

 ふへっと灰野が気の抜けたような笑いを零す。

「しょうがないなー、狼くんに送らせてあげよー」
「わおーん」

 と、地上の月に吠えて。
 自然と繋いできた手を……わからないくらいに、握り返した。