第2部 第4章

第1話 高校生だけの旅行には親の同意が必要です

 アルバイト探しも大事だけど、その前にやることがある。

「友達と旅行行きたいんだけど、行っていい?」

 日曜日。
 久々にちゃんとした休みを貰えた母親と昼食を取っていたときに訊いたら、握っていた箸を落としたんだが。からんからんごろごろしていき、とんでもないショックな事実を聞かされたような顔をしている。

「とも、だち……と?」
「そう」

 で、いいはず。
 重ねた手の上に額を置いて、母親が俯き始める。そんな悩むようなことを言ったか、俺は。

「………………いたの?」
「いちゃ悪い?」
「イマジナリー……」
「SNSで見栄は張ってないから」

 失礼ではあるが、息子のことをよくわかっている。過去、真っ当な友人はいなかったし、一緒に旅行に行く仲ともなると皆無。フィギュアを握ってふたりで行くと説明した方がまだ信憑性はありそうだ。

「…………うぅっ」
「えー」

 泣くほど?
 俺に友達できるのは娘を嫁に出すくらい感動することなの? さすがにショックなんだが。

 母が濡れた目元を拭う。

「ぐすん、そうよね、うん。女手ひとりで育ててりっくんには苦労をかけたけど、友達くらいできるよね。お母さん嬉しい」
「あぁ、うん、そうですか」

 ジ◯リでも観たのかってくらい感動されても反応に困る。

「旅行ね? 全然いいよ! 同意書でもなんでも書いちゃう!」
「ホテル決まったらお願いするわ」
「お母さんもついて行こうか!?」
「マザコンではないんだ」
「ひどいっ!?」

 今度はショックでわーんっと泣きだして、忙しい母だ。

「でも、それなら旅費がいるわよね」
「バイトするつもり」
「なんで?」

 なんでって。

「旅費が欲しいから」
「お母さんが出すから大丈夫!」

 テーブルにバンッと勢いよく手をついて、立ち上がる。夏から残っていたそうめんが、透明なボウルの中で揺れる。

「期待してなかったといえば嘘だけど、なるべく自分で」
「せっかくなら新しい服とかも欲しいよね。あ、美容院。お母さんの行ってるところで予約しちゃうね? 乗り物酔いの薬と、旅行鞄も新調しないと!」
「もしもーし……」

 ダメだ、聞いちゃいない。
 腕を組んでうんうん悩んだり、かと思えば瞳をキラキラさせて喜んだり。旅行に行く俺よりも楽しそう。
 止めようと半端に浮いた手をどうするべきか。悩んで、テーブルに下ろすことにした。

 迷惑かけないようにってやってきたつもりだったけど、心配はさせてたか。

 友達がいなかろうが、俺はどうとも思わない。でも、母親にとっては心配の種で。

「このあと買い物に行こうね!」
「……うん」

 たまにはいいかなって、そう思って苦笑する。

  ◇ ◇ ◇

「旅行?」
「友達と行きたいって話をしてるんだ」

 ガレットにサラダと、やたらおしゃれにこだわった昼食を終えて母に旅行の件を伝える。
 もしものときのため、貯めているお金はある。
 旅費の心配はしてないけど、無許可で行くわけにもいかない。

「学校のお友達と?」
「うん」

 笑顔。
 ここで男子でふたりきりとか口にしようものなら、間違いなく許可は下りない。濁しに濁して、クラスの女子たちとクリスマス前の旅行で着地させる。

「そうね……優莉はお勉強も頑張っているし、行かせてはあげたいけど」
「模試とは被らないようにするから大丈夫だよ」

 また模試を受けるのは面倒この上からパスしたいけど、定期的にA判定を見せると安心して余計な茶々を入れてこなくなる。なので、現状維持にも要望を通すにも必須イベントだった。

 なんで私だけ遊びに行くのにジムバッジ8個みたいなイベントフラグが必要なのかと問い質したいけど。難易度がチャンピオンリーグ。

「最近は物騒だから、女の子だけで行かせるのは心配ね」
「定期的に連絡を入れるよ」

 男の子いるし。しかいないとも言う。

「どこに行くかは決めてる?」
「箱根だね、美術館行きたいって話をしてるの」

 いま決めた。
 律とは候補地として話していたくらいだけど、温泉入りたいと言うよりも学習意欲があるように聞こえるはず。
 観光地としても悪くないし、帰ってから意識高めのレポートを提出すれば納得するでしょ。作るのはチャッピー。

「美術館……いい経験にはなるかしら」
「勉強ばかりで疲れてるから、みんなと温泉でゆっくりするつもり」

 だめ? と最後に甘える一押し。
 勉強も意識してる。でも、たまには息抜きしたいよね? と、娘として甘えてもおく。だいたい、この流れならしょうがないわねとなる。ならないと困る。

 チクタクと時計の針の音が響く。

「……うん、そうね。わかったわ、気をつけていってらっしゃい」
「ありがとう、お母さん!」

 同意書ゲット。
 これでダメだったら、お父さんにひとり娘溺愛コンボを決める必要があった。お酌してからの肩揉み。いいでしょお父さん? と、それはもうブランドバッグを欲しがるパパ活嬢のように。

「期末テスト、期待してるわね」
「……もちろん」

 学年1位を取れと。
 しっかり釘を刺されてしまった。

  ◆ ◆ ◆

「――というわけで、旅行先は箱根になりました」

 なにがというわけなのかわからないけど。

 休み明けの放課後。
 いつものように突発的に呼び出されて、さっそく報告された。

「別にいいけど」

 いいんだけど。

「あーだこーだして、行き先を決めるのかなって思ってた」
「ごめんね?」

 いや別に。
 そういうのが楽しいのかなーって思っただけで、残念だなんて思ってない。……思ってない。頭を撫でるな。