第3話 感情を見せるのは私の前だけだったのに

 灰野と旅行計画を立てながら、日々は過ぎていく。
 平等に周りの時間も流れていて、期末テストも刻一刻と近づいていた。部活は活動停止になり、テスト前の放課後はいつもならいないクラスメイトが残っている。

「どっか行こー」
「カラオケ……は飽きた」
「観たい映画あるんだけど」

 だからといってテスト勉強するかは別の問題。
 部活がなければ遊び。高校生らしいなー、と放課後の青春を音で感じながら、鞄を持って席を立つ。教室の窓が切り取った空は茜色で、夜色とグラデーションになっている。

 買い物して帰ったら真っ暗だな。

「あーっと、副委員長?」

 冬は暗くなるのが早くて嫌にな……いま呼ばれた?

「…………俺?」
「このクラスに副委員長はひとりだけだろ?」

 そうだけど。
 教室で俺に声をかける人なんてほとんどいない。放課後となればより顕著で、流れ星を見るくらいの確率くらいじゃなかろうか。いま3回願い事を唱えれば叶うのかな?

 そもそも、このワックスバリバリツンツンで令和ファッションを逆向している平成ホストみたいな男子生徒は誰。

「あー、そのさ」
「うん」

 名前、名前。
 もみあげを指でくるくるしているこいつの名前は……もみあげくるくる。んなわけない。

「これから一緒に遊び行かない?」
「…………」

 遊び?

「なんで?」

 まずは自己紹介からしてほしい。

  ▢ ▢ ▢

 オレ……というか、クラスの男子にとって副委員長佐藤は浮いた存在だ。
 浮いたと表現するとイジメとかそういう嫌な方向に連想するかもしれないが、このクラスはそういうのとは無縁だし、副委員長はそういうことをされるタイプでもない。

 人当たりは悪くない。
 会話が苦手というわけでもない。
 成績も上から数えた方が早い。
 なにより、女子受けがよかったりする。

 そう女子。というか、委員長。

「……俺と?」
「せっかくテスト期間で部活も休みだし、他の奴とゲーセン行こうって話になって」
「行けば?」

 いや、うん。そうなんだけど。

「副委員長も誘ってんの」
「なんで?」

 ループしてない?
 NPCの村人と話してるのか、オレは。

「や、親睦を深めたいっつーか」

 ぶっちゃけ委員長との関係が気になっている。
 付き合ってるのかとか、そういうの。

 全然知らなかったけど、そういう信憑性の薄い噂があるらしい。主に女子の間で。最近、女子が話しているのを偶然聞いて、そうか? となっている。

 委員長は人気だ。女子からも……男子からも。
 美人だし、明るいし、男女分け隔てなく話してくれる。平等で、でもその平等から一歩踏み出したいって奴もいて、ごめんなさいで泣くのがセット。

 花園で咲く花のように誰にでも美しい姿を見せるけど、柵が隔てて誰もが摘めない。そんな女の子……だったのになー。

 委員長と副委員長というだけで、普段接点があるようには見えない。

 性格も正反対で、社交的で明るくよく喋る委員長に対して、副委員長は寡黙でひとりを好むタイプに見える。このふたりが付き合ってると言われると、首を傾げたくなる。
 でも、と副委員長の髪を飾る簪が目に入る。

 京都の修学旅行からで、偶然だとは思うけど……つけてるんだよなぁ、委員長も。

「誘ってもらって悪いけど、これから夕食の買い出しがあるから」
「あ、そうなん?」

 断られる気はしてたので、そこまで残念な気持ちにはならない。少し、ほっとしている自分もいる。

「夕飯って、母親は?」
「……仕事」
「両親共働き?」
「いや、母子家庭」

 へーってなって。

「――大変だな」

 って、言ったら壮絶な顔をされた。足元に毛虫がいたような、嫌悪に塗れた表情。
 あ、やったなこれ、と血の気が引く。
 見えない壁が分厚く固くなったのがわかった。

  ◇ ◇ ◇

「じゃ」
「あ、あぁうん、また」

 ふと、耳に馴染んでいる、でも知らない温度の声に後ろを向いた。
 律が帰るところで、近くにはクラスの男子がいる。律がクラスメイトと話している時点で天気を確認したくなる珍事なんだけど、その表情に感情が乗っているのはさらに珍しい。それも、機嫌の悪い方向なんて。

 教室だとぼーっとしているだけなのに。

 ネカフェでは喜怒哀楽どころか、顔を赤くして恥ずかしがっているところだってよく見る。そうした私にしか見せない感情を引き出せると優越感があって、ついついもっとと大胆になってしまうのは秘密。

「でさー、うちの推しがマジメロくてー……委員長? どしたん?」
「用事思い出したから先帰るね?」
「マ?」

 マ。
 鞄を肩にかけて、駆け足で教室を出る。
 律は……ってはやっ。

「いつもは散歩でもするみたいにトロトロなのに」

 委員長としてはよくないけど。
 ちょっと早歩き。
 曲がって、階段を下りて。
 下駄箱で上履きから靴に履き替えようと屈んだ律の背中にぽんっと両手を置いた。

「佐藤くん、どうかし……」

 律が顔を上げて、こひゅっと喉から息が漏れた。

「灰野? なんか用?」
「……」
「俺の顔になにかついてる?」

 訝しむ律の眉間に人差し指を伸ばしてぐにっと押す。

「シワ、寄ってるよ」

 刻み込まれそうなくらい深いシワをむにもにってほぐす。