第3話 演技してない委員長カップルが羨ましい
「うわっ」
洗面所の鏡を前にして、思わず声が出た。
首筋に赤い痕が残っている。こすっても当然取れなくて、どうするこれ。
「上まで閉めれば見えない……か?」
冬服だし。
たぶん、きっと平気だろう。
◆ ◆ ◆
教室に着いた途端、灰野の目がこっちを向いた。
口の端が笑う。
机の下で小さく手を振ってきたので、俺も太ももの横で小さく返す。
別に隠さなくてもいいのに……よくないか。
目立つのは嫌だし、灰野がネカフェのように教室で甘えてきても困る。あまり周囲にお見せできるやり取りではなかった。
教室で恋人っぽいのもいないんだよな。
意外と隠しているよな、みんな。
「佐藤くん」
曲がって、通り過ぎようとして。
呼び止められる。灰野に。
「……なに?」
バラしたいのか、バラしたくないのか。
時折、こうして絡んでくる。もとから灰野は社交的で、クラスの誰とでも話すから変ではないけど、気軽に声をかけられるとどう反応したらいいのか迷う。
というか、ネカフェみたいに気安さが出そうで、テンポが遅れる。
「他人の手料理を食べられる?」
「なんの話?」
どういう話題。
どう? と笑顔の灰野。眉を潜めつつ集まっていた女子たちを見ると、やっぱり俺の答えを待つようにこっちを見ていた。小首を傾げる。
「食べられるけど」
「だって」
ほらー、と灰野が他ふたりに振る。
「ふくいいんちょいけるの?」
「食べられるんか、他人の手垢がついた食べ物を!」
「卑怯な言い回しやめてね?」
灰野が諌める。
ギャーギャーしている姦しい会話から、あー、とおおよその話題を察する。察するというか、灰野が最初に言ったことそのまんまなんだろうけど。
「委員長が手作りを食べられるで、他は食べられないでおーけー?」
「けーおー」
倒されてんじゃん。
「やー、いまのご時世厳しくない? 人の作った料理って」
「ね。お店の料理でも怖いときあるし」
「へー」
そういうのがあるのか。
他人から手作り料理を貰うというイベントがなかったから、そもそもそうした発想がなかった。でも、確かに昨今は潔癖症な人が増えてると聞く。
それは時事的なものもあるのだろうけど、時代もあるんだと思う。隣の部屋のお姉さんが『作りすぎちゃって』とはにかみながらお裾分けしてくれるのは男子の妄想の中だけになった。ご時世的に。
「肉寿司とか」
「映えはするんだけどねー」
「そもそも生肉って食べられるの?」
女子の視線が集まる。
今日の俺はGoo◯leかAIか。
ズレそうになるマフラーを直しつつ、どこかのバラエティでやってたことを思い出す。
「食べられないことはないけど、リスク高いから推奨しない感じだったかな」
「お役所的回答だね」
茶々入れないでくれません? 灰野さん。
「んー」
悩ましい声を出す髪がゆるふわっとした女子。
「やっぱ彼氏に手料理はなしかー」
「え、御田さん彼氏できたの?」
灰野が驚きの声を上げる。
ふっ、とゆるふわ女子は勝ち誇ったように笑って、
「できてるわけないじゃーん……! ひとりクルシミマスだよぉっ!」
わーんっ、と灰野の机に伏せる。
そんな友人を無視して「芽衣さんは?」「あつあつ」と勝利宣言。灰野もとなると、明暗がハッキリしていて可哀想になってくる。
「灰野さんはソロ?」
なんで俺を見るのか。
「うーん……」
唇の下に指を添えた灰野の瞳がそろっとこっちに動く。
「どう思う?」
「なんで俺に訊く?」
「どーかなーって」
3人の女子からじーっと視線が集まる。
これは……わかってやってるだろ。
面白がっているのは確実で、でも、灰野の目には期待も見える。朝から疲れさせないで。教室は冬らしく寒いのに、厚着の下で汗が肌を濡らす。マフラーを取りたいのを我慢しつつ、しょうがないので期待には応えておく。
「…………クリスマスは、恋人と過ごす、かな」
恥ずい。
口元をマフラーで隠すと、灰野はにへぇっと笑う。
「彼女さんは幸せだね」
当人が言ってるんだから、そうなんだろう。
▢ ▢ ▢
そろそろ隠す気もなくなったのか、それとも自慢したくてウズウズしているのか。
夏休みに行ったカラオケのときから香ばしかったけど、いまはもう完成された料理がお出しされている感じ。できたてカップルがイチャイチャしてる。
めでたいなー、と思うけど、一応、灰野さんは隠したがってるので言わないでおく。……いや、隠したがってるのかは微妙だけど。さっきも、佐藤くんが入ってきたとき手、振ってたし。わたしの角度からだと丸見えだった。
「はぁっ、尊み……ふたりの写真撮らせて」
「なんで?」
御田が恍惚とした顔でI◯hone構えて、佐藤くんがガチで困惑してる。
なんか、修学旅行のときから関係性がいいとか言って委員長カップルを推し始めてる。待ち受けがクラスの男女ってどうなの? って思わなくないけど、灰野さんと佐藤くんの関係がいいな、とはわたしも共感めいたものはある。
なんか……空気感が自然なんだよね。隣にいて当たり前って空気。
わたしもだけど。
彼氏彼女って隣にいても、浮くんだよね。街中で見ても、『あ、あのふたりカップルだ』ってなるし、雑踏の中でも目が行く。
わかりやすく手を繋いでるーとか腕組んでるーっていうのもあるけど、空気が違うんだよね。ピンクい。
ただ、それってわたしたちは特別ですって意識してるってことでもあって、一種の演技に近い。
恋人だから、こういうことをしないといけないみたいな、そういう空気。
告白して、付き合って。
彼氏彼女、恋人。そういう意識をした途端に、型に嵌まろうとする。
それがそのうち演技感がなくなって、本当になっていくのかなーって思ってるんだけど、灰野さんと佐藤くんは最初からそうというか。
「ニコイチだよね」
言ったら、佐藤くんがわからなそうに首をかしげた。
「ニコチン?」
「すぱー」
合いの手も完璧だな、このカップル。
尊い推せるってのはわからないけど、一時の関係じゃなくて、将来結婚してるんだろうなーって思うくらい安定している。
羨ましい。
わたしは付き合って、別れてばかり。
いまの彼氏もさっきはラブラブだなんて言ったけど、ちょっと萎えてるし。クリスマスはソロかもしれない。
デートの割り勘までは許すけど、財布忘れたで会計させた挙句、いまだに返してないのはホントない。別れる前に慰謝料込みで請求してやる。
「ふたりはずっとそのままでいてね」
「委員長と副委員長の関係?」
卒業はして。