第6話 旅行前のお買い物でファッションショー

 なにあれどこかのお嬢様?
 駅前のコーヒーショップで彼氏と待ち合わせしてたら、近くのカップルがイチャつき始めやがった。それはまぁいい。いや、よくないけど。彼氏が遅刻してイライラしてるし。煽られてる気分になるけどさ。

「……甘やかしすぎじゃない?」

 ウエイトレスみたいに遅れてきた彼女の椅子を引いたり、彼女の代わりに注文して食事を持ってきたり。
 手まで拭いてあげて。
 当てつけ? わたしのコーヒー砂糖入れてないのにクッソ甘くなったんだけど? もはやテロだろ。

「…………いーなー」

 ズルい。
 当たり前にお世話して、お世話されて。
 わたしもあんなお嬢様みたいな扱いされたい。

「わりー、遅れた」
「別れよっか」
「……は? え、なんで?」

 平然と遅刻してきて、へらへら悪びれもしない彼氏はいらない。
 わたしを甘やかしてくれるあんな彼氏を捕まえるんだ。

  ◆ ◆ ◆

 電車に乗って。
 向かうのはショッピングモール。色々買いたいとなると、近場だとだいたいここになる。

「どう?」

 シャーっとカーテンが開いて、灰野が両腕を広げる。
 黒縁眼鏡に、濃紺のシャツ。ゆるっとしたワイドパンツはカジュアルで、全体を見ると知的な大人っぽさがある。

「秋コーデって感じ」
「かわいい?」
「きれー」

 いぇーい、とカーテンを閉じる。
 ショッピングモールに着いて、最初に来たのはアパレルショップ。服が欲しいとは言ってたが、いきなりファッションショーが始まるとは思ってなかった。
 服欲しいとは言ってたけど。

「でも、律は似合ってるとしか言わないねー?」

 出てきた灰野がからかうように目を細める。

「残念ながら正直な感想なんだよなー」
「私がかわいすぎたかー」
「罪だねー」

 カジュアルだろうときれいめだろうと着こなすのは本当で、俺の感想は『似合ってる』『綺麗』『かわいい』『ちょーかわいい』くらいしか出てこなかった。

「ボキャ貧だわ」
「褒め言葉を勉強しないといけないよ?」
「女の子を褒める機会なんてなかったし」

 同性とすら縁遠いんだ。異性ともなればもっと遠く、褒めるなんてことは皆無だ。

「……へー」
「なにその顔?」

 口元に手を当てて、なんでちょっと嬉しそうなんだよ。

「色のない青春なんだなーって」
「灰色も色ではあるから」
「じゃ、私という花を添えてあげよう」

 手を繋いでくる。
 しっとりとした肌が吸いついてきた。

「お気遣いどーも」
「嬉しい?」
「ちょーうれしー」

 やったね、と繋いだ手を上げる。やってることが子どもなんだよなー。

「気分は休日のパパなんよ」
「あーしパパの財布がほしーなー」

 欲望に忠実。

「同い年でパパ活って成立するの?」
「なら、推し活?」
「それ同列に並べていいの?」
「どっちも活動だから」

 確かに。

「で、これ買うの?」

 俺が持ってるカゴにはさっき灰野が着ていた服も含めて、何着か入っている。灰野ファッションショーの名残りだ。

「買うよ」

 だって、と灰野がこっちを向いてにっと白い歯を見せる。

「似合うんでしょ?」
「…………少し出すか」
「パパすてきー」

 ちょっとだけパパの気持ちがわかった気がする。

  ◆ ◆ ◆

「酔い止めっと」

 カゴに放り込む。

「今度は対策するんだね」
「人間は失敗から学ぶ生き物だ」
「同じ失敗を繰り返すのも人間だけどね」
「混ぜっ返さないでくれますー?」

 人の汚点を笑いやがって。
 笑い話にできているだけマシなんだろうけど。

「歯磨き粉は同じのでいいよね?」
「なに味?」
「オレンジ」
「ミント」

 ぽいっと勝手に入れるな。

「歯ブラシも同じのでいいよね?」
「いいけど……」

 灰野がピンクの歯ブラシをシャカシャカ振ってる。

「なんで1本?」
「もったいないから共用で」
「俺は青でー」
「私ピンクー」

 ぽいぽいっと。

「トラベルセットー」
「ホテルのアメニティは?」
「微妙だと思う」
「なら、それもか」

 ちょっとした旅行くらいならそう買う物もないだろうと思ってたけど、意外と細々出てくるな。

「見て!」

 興奮した灰野がなんか小さい箱を持ってくる。

「0.01mmだって! 破けないのかな?」
「戻してらっしゃい」
「いらない?」
「いらない」
「絶対?」

 いらない。

  ◆ ◆ ◆

 一通り買い物を終えて、フードコートで遅めの昼食。

「たこやきー」
「たいやきー」
「味噌ポテー」
「今川焼きー」

 焼いてんのばっかだな。
 シェア前提で買ったとはいえ、2人で食べるには多すぎたかもしれない。テーブルの上はぎゅうぎゅうで、持ってきたお冷を置くのにも苦労する。

「半分くらい甘いものだな」
「シュークリーム食べたい」
「食べ切れるの?」
「ふっ」

 灰野が得意げに笑う。

「私の胃は宇宙猫の額と同じくらいだよ」
「持ち帰りできるかなー」

 少食すぎる。
 量に対して胃袋の小ささが露見して、食べる前から不安なんだが、灰野はさっそくたこ焼きを口に入れてはふはふしている。

「ふぁふぇふぁふぁふぇあ」
「はい水」

 なに言ってるかまるでわからない。

「熱い美味しい……じゃなくて。旅行の待ち合わせ」
「駅前でいいんじゃないの?」

 今日みたいにカフェでもいい。

「律の家に迎えに行きます」
「遠回りだろ」
「家から一緒に行きたいなーって」
「いいけど」
「やたー」

 うちから一緒に出る意味あるのか?
 家族旅行みたい。でも、遅刻とかもなくなりそうだし、それはそれでいいのかもしれない。

「逆に俺が行く?」
「嫌」

 端的に、でも全力の拒絶だった。
 さっきまであんなに楽しそうだったのに、顔の中心にぎゅぅうっとシワが寄ってるよ。しわしわ灰野。

「むしろ前日入りで律の家に泊まってもいいのでは?」
「よくないが?」
「ねーりつー」

 甘えた声を出してもダメです。
 ……ダメだって。
 いや、確かに母親はいないだろうけど、だからといって泊まるのは……確かに、2人で旅行するのにいまさらというのはあるんだけど。『いまさらでしょ?』構文強すぎるからやめてって前に言ったよね? あのね? 灰野さん? でもね――

  ◆ ◆ ◆

「…………弱いなぁ」

 起きたら隣で灰野がすやーっとしている。
 リスポーン地点は俺のベッド。
 旅行の始まりは、うちからとなった。

  ◆第4章_fin◆
  __To be continued.