第2話 女の子は嘘つきだ
「出かけるの?」
ネカフェに行こうと玄関に手をかけたところで、母に声をかけられた。
リビングで話し声が聞こえていた。通話をしてると思ってたのに。辟易する気持ちを強く抑え込んで、笑顔を作ってから振り返る。
「うん、図書館」
「ごめんなさい、うるさかった?」
私の部屋は2階で、声はあまり届かない。
「邪魔になったら悪いから」
届かないけど、そういうことにしておく。
「いいのよ、お母さんが出かけるわ」
「図書館の方が落ち着くんだ」
そう言って鞄を叩く。
中身は宿題。やるとは言っていないが、これさえ持っていれば言い訳は立つ。
「なら、いいのだけど。模試の結果もそろそろでしょ? 夏休みもお勉強頑張らないとね」
「うん」
わたしがんばる。
◆ ◆ ◆
「宿題、破ったらなくなんないかな」
「負債が残るな」
鞄から夏休みの宿題を取り出したので、ネカフェにまで来て勉強するのかと驚いたが、そんなことはなく処分方法を考えていたらしい。灰野らしい理由で安心する。
……なら、なんで持ってきた。
「内申点に多少響くとはいえ、テストで高得点取ってればマイナスもないんじゃない?」
「灰野のロールプレイ的に宿題やってこないのはまずいのでは?」
「委員長プレイ」
「いかがわしい学校生活送ってんのな」
「高校生がいかがわしいでしょ」
世の中は偏見に満ちている。
「で、宿題の進みは?」
「8割弱」
「……よく破るって発想が出たな」
ほぼ終わってるじゃん。
それで破ったら灰野の成果も一緒に処分されてしまう。
「律は?」
「9割」
「真面目ちゃんかよ」
「家いても暇なんだよ」
長期の連休って、家事をやっても時間が余る。だから、宿題をやるんだけど、集中すると意外とサクサク進んでしまう。どれも問題集やらプリントばかりで、数をかさ増しして生徒を苦しませようとしてんじゃないかなと思う。終わったけど。
「残ってるのは?」
「読書感想文」
「そんなもんチャッピーにタイトル投げてぽん、よ」
「タイトル以外妄想出力するやつだー」
ちょいちょいSNSで炎上しているのを見る。クラスでもそういうのはいそうだ。
「え、灰野もやってるの?」
「やらない。それくらい自分でできるから」
「誰でもできるだろ」
「ちなみに、夏休みの宿題代行サービスっていうのあってね? チャッピーと合わせてレポートにして自由研究として提出しようと思ってる。見破り方を」
「うわー、人狼」
性格が悪い。意義がありそうなのが、悪知恵が働いている。灰野は「冗談」というが、優等生の仮面を被っていなかったら普通にやっていそうだ。性格悪いから。
「じゃあ、頂戴」
手を出される。
その手荒れもない綺麗な手のひらにぽんっと握った拳を置く。
「犬の自覚があったの?」
「わん」
「そうめん」
「あー、餌」
「にゃー」
猫だという主張はともかく。
そんな話をしたなといま思い出す。
「忘れてたら夏限定のパフェを奢――」
「あるある」
メニューを引っ張り出そうとしたのを慌てて止めて、鞄をひったくるように引き寄せる。夏休みに入ってからというもの、ネカフェはフリータイムで入っている。
長く入ればその分安いが、放課後の短時間よりはやっぱり高いので出費は減らしたい。メロンパフェとか値段見る前から拒絶の姿勢だ。絶対高いって。
そうめんの器に、水筒の汁を流し込む。
「坦々風そうめん」
「本格的ぃ」
「豆乳使ってるから」
だいたいの材料は普通の担々麺と一緒だ。麺が違うだけ。
「律は食べないの?」
「……そうめんは、もういいや」
アレンジもだいぶ使い切った。一応、他にもレシピはあるっぽいが、そうめん自体に飽きたのでしばらく乾麺は喉を通りそうにない。
「お箸ー」
「はい」
「レンゲ」
「はい」
「前掛け」
「は……いや、ないから」
俺の鞄は四次元ではない。
でも、今日の灰野の服装は白いふわふわワンピースで、汚すのもどうかと思うのでハンカチを前掛け代わりにしてあげる。
「甲斐甲斐しい。世話慣れしてる?」
「ペットは飼ってないなー」
酒と仕事に溺れる母親をペットと呼ばないなら、だが。
「将来、女の子を飼う予定はない?」
「背徳的ー」
せめて専業主婦を目指してくれ。いまの不景気では難しいだろうけど、ペットよりは可能性がある。じゃがいもの皮程度の差だけど。
「あ、美味しい」
そりゃよかった。
見ているとお腹が減ってくる。でも、灰野の分しか持ってきてないんだよな。出費はいたいけど、からあげ頼もうかなー。
「イカリングよろしく」
「…………出せよ?」
「ずずっ」
啜ってないで。
出せよ? 自分で。ねぇちょっと? 灰野さん?
◆ ◆ ◆
外に出ると暑いが、曇っているからまだマシだった。陽が出ているときは本当に殺人級の暑さで、日傘が男女共に必須というのも頷ける。
「俺も買おうかな」
「傘?」
広げた白い傘を灰野は上品に振る。
「今年は地獄だ」
「去年からでしょ」
「そうね」
毎年暑くなって、来年はどうなるのか。いつかの心配よりも、いま生き残れるか心配になるけど。
「なら、付き合ってあげる」
そっと影がかかる。
灰野が傘に入れてくれたからだ。内は黒く、少し早い夜が訪れる。
「センスは?」
「女子高生だから」
にっと笑う。
女子高生に信頼置きすぎな気もするが、
「なら安心だ」
選んでもらうのも悪くない。