第2話 ふくいいんちょと付き合い始めた?

 12月に入ってからというもの、学校はひと先早いクリスマスの話で持ち切りだ。

「どこ行こっか?」
「わたし当日ムリ」
「……は? 裏切りか?」

 幸福と裏切り。
 クリスマスってそういう日だっけ? そういう日だったか。

 登校してさっそく現実を突きつけられながら、黒板の前を歩く。

 クリスマスはいつもひとりだった。
 一応、母親がプレゼントとケーキを用意してくれた。それを嬉しいと思う気持ちはあるけど、逆に埋められない隙間が広がる感覚もあって。

 今年は……どうなんだろ。

「おはよう」

 微かな変化のようで、関係性としては大きくて。
 なにかする必要があるのかなーって思っているけどぉーっ?

「…………なにしてんの?」
「佐藤くん、おはよう」
「うん、それはいいんだけど」

 曲がって、灰野の席を通り過ぎようとしたら腕を取られた。
 学校では優等生で。
 付き合ってるとか、そういう空気を出すことはない。それでいいと思っているし……まぁ、なんだ。それがいいとも思っている。

 たぶん、それは灰野も一緒のはず……。

「似合ってるよ」

 いつものになった三つ編み。挿した簪に触れてくる。
 その瞳は細くなり、なんかちょっと妖しい雰囲気。

「……ありがとう?」

 でもこれ、あなたが贈ってくれたものなんですが? というか、貰ったの大分前。
 なんだ?
 訝しんでいる間に灰野はパッと俺の腕を放して、朗らかな笑顔になる。

「おはよう」
「さっき言ったな」
「そうだっけ?」

 惚けるように笑って、ちろりと赤い舌先を出す。
 うーん、気持ちは一緒……だよな?

  ▢ ▢ ▢

 衝撃的だ。
 朝からなんという刺激的な光景を拝ませてくれたのか。

 いいんちょがふくいいんちょの髪と簪に触れていた。
 それだけで、でもそれだけじゃない。
 だって、いいんちょの髪にも簪がある。色違いの、よく似ている蓮の簪。

 偶然かもしれない。
 でも、わざわざクラスメイトの目がある教室で、そういう見せつける行為をするってことはそういうことなんじゃないかなー! ……ヤバ。朝から推しの過剰摂取で死ぬ。

 いいんちょに訊きたくて訊きたくて。
 でも、他のクラスメイトがいる前ではよろしくないと思ってタイミングを窺っていたら、放課後になっていた。
 今日の授業なんだっけ? っていうくらい記憶にないけど、推しの方が大事なのでおけ。

 人も少なくなって、ふくいいんちょも帰った。

「いいんちょ、ちょっといい?」
「掃除当番?」
「や、今日は違くて」

 バイトとかで頼んじゃうことあるから勘違いされちった。
 いいんちょに当てつけのような意識はないだろうけど、ちょいちょいお願いしちゃってるから今度お礼しないといけない。友達だからって頼りすぎもいけないしねー……じゃなくて。

「ちょっと訊きたいことあるんだけど、へーき?」
「なに?」

 ニコニコ。
 いいんちょのいつもの笑顔だ。見たら安心するし、頼りたくなる雰囲気がある。でも、今日はちょっと聞きづらくて、指で手遊びちょんちょん。

「えーっとさ」
「うん」
「あの……さ?」
「ふふ、どうしたの? 今日の御田さん少し変だよ?」
「変なのはわたしじゃないって言うかー……」

 うー、顔が熱い。焦る。
 いざって段階になると舌噛みそう。童貞の告白かよ。推しにこんなこと訊くのは、そんなことよりも心臓バックバクで破裂してもおかしくないんだけど女は勢い。

「――ふくいいんちょと付き合い始めた?」

 言っちゃった。言っちゃったっ。きゃーきゃー!
 でも、前からそんな空気あったし!
 グループメッセとかだと微妙って言われてたけど、今日のあれは絶対そうだって! 私のだーって見せつける感じ。じゃないと、わざわざ男子の髪に触んないって。

 わたしとしては推しは遠くから眺めていられれば満足なんだけど、あんなの朝から見せつけられたら興奮度MAX。汚ねー悲鳴上げて倒れてないだけマシって話。

「……私と、佐藤くんが?」
「そ、そう」

 ヤバ、声裏返った。はっず。

「あ、でも言いたくなければ全然――」
「付き合ってないよ」
「へぅぇ?」

 胸の前で両手を振ってへーきアピしたら、いいんちょが答えてくれた。
 喉が詰まって、変な声が出た。

「そ、そう……なん?」
「うん」

 嘘……には見えないけど、笑顔だし。

「あ、じゃあわたしの勘違い、かな? あははー」
「ごめんね? 勘違いさせちゃって」
「や! わたしこそなんかごめんって言うかー」

 ちょっと煮えきれないって言うかー。
 ほんとに?
 って、追求したくなるのを喉をきゅっと絞めて押さえる。推しは見るもの。踏み込みすぎはよくないから――。

「そうだね……ただもしも付き合ってたとしても、私の答えは一緒かな」

 笑顔だ。
 でも、なんか……いつもとは違って、目が妖しく光ってる。

「律・は聖域だから」

 触れてほしくない。
 話してほしくない。
 干渉してほしくない。
 認識してほしくない。

 世界のすべてから見つからない場所にいたくて、ただ放っておいてほしい。

「ただ……それだけ」

 喉が鳴る。
 いいんちょの指先が、とんとんってわたしの首筋を叩いてきた。

「もしもの話だけど、ね?」

 今日からわたしはなにも喋らない壁になることを決めた。

  ◆ ◆ ◆

「律ー、約束守ってー」

 金曜日ネカフェの日。
 一層寒くなってきて、膝かけで暖を取っていたら急に灰野がそんなことを言い始めた。ぐいぐい人のひざ掛けを盗ろうとするな。自分のがあるでしょ。

「約束?」
「そう、約束」

 ぺしぺし灰野の手を払い除けつつ、考える。
 でも、わかんない。
 なんか約束したっけ?

「その顔は忘れてるから没収ー」

 盗られた。
 マントみたいにひざ掛けを肩にかけた灰野が鞄をごそごそ漁る。

「じゃん」
「……カラビナ?」
「正解」
「いや絶対違う」

 適当言うな。似てるけど。
 鋭利な針がついてるし。袋になんか書いてるな……ピア、サー?

 へらーっと灰野は顔を緩ませる。

「ピアス、開けよ」