第4話 混浴でも、正面からクラスの女子の裸を見るのは刺激が強すぎる

 とぷとぷっと源泉が流れ続ける。
 微かに山向こうの空は濃くなっていて、夕焼けを思わせる赤が混ざり始めていた。

 部屋にある小さな露天風呂。
 実際には屋外ではなく、大きな窓を隔てた半露天だが気持ち的には似たようなものだ。

「ん~……はぁっ、気持ちぃ」
「そうねー」

 隣で灰野が伸びをする。
 もちろん裸で、動きに合わせて双丘が水面を出たり入ったりしている。白い肌にお湯が流れるのがえっちぃなーという感慨はあれど、精神的に落ち着いているのは混浴が2回目だからか。

「やっぱり旅行といったら温泉だよねー」
「混浴の意味はないと思うけど」
「あるよ」

 断言された。

「私が楽しい」
「ならよかった」

 高校生らしい慎ましい旅費で、個室の露店付きを探すのは部屋で失くした家の鍵を探すくらいには大変だったが、その満足そうな笑顔を見られたなら苦労の甲斐もあった。

「なんかさー」
「なに?」
「よくないんだけどさー」
「うん」
「この状況にちょっと慣れてる自分が怖い」

 クラスの女子とお風呂に入っている。
 水着やタオルなんて無粋なものはなく、お互い生まれたままの姿で。

 これが彼氏彼女とかならまだ許されそうなものだが、そうした男女の関係性ではないのがまたこの状況のいやらしさを高めている。
 なのに、脱力して。

「穏やかな気持ちなのが不思議」
「いいねー」
「いや、くっつかれたらさすがにエロい気分になる」

 服を隔てない胸ってこんな柔らかいんだー、って知らなかった真理を知ってしまう。

「そのときはそのときで」
「倫理くん仕事してー」
「混浴してる時点で窒息してるでしょ」
「人工呼吸して助けねば」
「ちゅー」
「俺じゃなくてね?」

 突き出した唇が頬に触れる。
 スキンシップにしては過激だが、日常的にキスされすぎてもはやあいさつでは? と思い始めている。

「俺の中の常識が欧米化し始めてる」
「挨拶。ぎゅー」

 むぎゅぅううっと抱きしめられる。
 胸もだけど、素肌同士の密着は柔らかさとか温かさとか、灰野の全部が直に伝わってきて心地よさを通り越してのぼせそう。

「……ごめんまだ欧米はムリだった」
「顔赤いもんね、のぼせた?」
「灰野に」
「ひゅー、やったぜー」

 機嫌いいね、ほんと。

「あ、そうだ」

 ざばん、と灰野が立ち上がる。
 背中からお尻にかけて温泉が川のように流れて艶やか。そのまま白いお尻をふりふりさせながら部屋に戻って、小さなお盆の上に白いなにかが入った飲み物を持ってくる。

「お待たせー」
「とりあえず温泉入って?」

 直視に堪えない。
 さっきまでは湯船に浸かっていたからまだ平気だったけど、正面から灰野の全裸を見るのは刺激が強すぎる。上どころか下も隠すものはなくあー女の子って神秘。

「別に見てもいいよ」
「羞恥心」
「負けやしないさー」

 皆無だろ。
 そして、引き出し多いなこの子。

 日本では混浴は合法……合法? とはいえ、さすがにじろじろ見るのはマナー違反。なるべく灰野の肉つきのいいえっちぃ体は見ないようにしつつ、お盆を受け取る。

「なにこれ?」
「甘酒」
「……ノンアルだよな?」
「………………」
「こっち見て?」
「見てるのは律でしょ?」

 見てぬ。
 逸らした顔を戻して、「冗談」と灰野は楽しげに笑う。

「売店にあったから買ったの。もちろん、アルコール0%」
「開放的な旅行でお酒を飲んじゃうーっていう悪ノリ学生ムーブじゃなくてよかったよ」
「もう十分開放的だからいいでしょ」

 そうね、服着てないもんね。
 露天風呂の縁にお盆を置いて、グラスを持ち上げる。白く濁っている。

「マッ◯のバニラシェイクみたい」
「甘いかな?」
「さー?」

 飲んだことないし。
 灰野が隣に戻ってきて、肩をぶつけてくる。それを押し返して、支え合ったところで灰野もグラスを手に持った。

「かんぱーい」
「乾杯」

 カチンっ、とグラスをぶつける。ちびちびごくり。
 灰野の眉がきゅっと寄る。

「……甘い、ような、そうでもないような……喉越しがあって…………」
「おかゆ?」
「正解した律にはご褒美として口移ししてあげましょう」
「んー酔っぱらい」

 甘酒を口に含んで、んー? と薄い唇を寄せてくるので、おでこをぺしっとしておく。不満そうにしつつも喉を動かして、甘酒をちろちろ小さい舌で舐める。

「……もっと甘いと美味しいかも」
「奥さんの手料理に塩どばどばする旦那かよ」
「こっちの方が美味しいでしょー?」
「せっかく作ったのに台無しでしょー?」

 ごっこ遊びはいいんだけど、配役が逆なのはなぜなのか。

「……おいし」

 多少甘いけど、俺の口には合う。
 でも、普段からココアにクリームとガムシロップを入れるのが常態化している灰野には物足りなさそう。

「なんで甘酒?」

 いつも通りコーヒーとココアでもよかったと思うが。

「それはねー」

 んふふー、とちょっと楽しそうに密着してくる。
 グラスとグラスをこつんっとさせて。

「温泉で一緒にお酒を飲むのって、大人だなーって思ったから」

 にへぇとだらしない顔をする。
 アルコールは入ってないはずなんだけど、その頬は艶やかに火照っていて、本当に酔っているように見える。
 その姿に普段はないしっとりとした色気を感じて、喉が小さくなる。

「……雰囲気は出るよな」
「でしょ?」

 また、こつんってぶつける。

「お酒、飲めるようになったらまた来るか」
「いいね、今度は日本酒にガムシロップで」
「……やっぱやめよう」
「なんでよー?」

 パチャンッとお湯をかけてきたので、そこからはパシャパシャ合戦。
 子どもだなーと思うけど、まだ俺たちは高校生だから、大人の真似ごとくらいがちょうどいい。