第4話 優等生とネットカフェで過ごすようになった、その理由
――灰野とネットカフェで過ごすようになったのは、偶然によるところが大きかった。
「灰野さーん、宿題手伝ってぇ~」
春休みを終えた、4月。
2年生になって、灰野とは同じクラスになった。
「写させないよ?」
「うわーん、バレてるー」
もともとクラスが同じだったのか、それとも、さっそく友好関係を築いているのか。灰野は最初からそういう関係性を築いていたように、クラスの中心にスッポリ収まっていた。
登校して早々、灰野に宿題を頼み、鳴き真似をするクラスの女子に「まずは一緒にやろうね」と優しい微笑みで諭していた。
いまも昔も、灰野は変わらない。
たかだか数ヶ月程度で変わるはずもないけど。ただ、いまと違うのは俺との関係だ。
「……朝から元気だねー」
そうひとり呟く俺は、クラスメイトに囲まれている灰野と違ってひとりでいた。率先して友人を作ろうと思っていなかったから、誰かに話しかけるなんてこともしない。
学年が上がった4月特有の、自身の立ち位置を決めようと奔走する空気を他人事のように見ながら、図書室から借りた本を読む。いわゆる、クラスに1人2人はいる陰キャ野郎だった。
俺と灰野。陰キャと陽キャ。
立場はまるで正反対で、無意識ながらもこの先、話すこともほとんどないだろうと思っていた。
同じ教室で授業を受けている、ただのクラスメイト。それだけ……だった。
「――佐藤くん?」
ネットカフェの受付機の前で、バッタリ灰野と遭遇するまでは。
◆ ◆ ◆
俺がネットカフェに通うのは、暇つぶしであり、コストパフォーマンスがいいからだ。
漫画が好きだけど、1冊ならともかく何冊も買い続けるのは、お小遣いの少ない高校生にとっては辛い出費。ネットカフェだって安いわけじゃないけど、読み返さず、1回読めば満足する俺にとっては、1時間で何冊も読む方が安上がりだった。
それに、ひとりで家にいるのも……な。
駅近のネットカフェは漫画の宝庫だ。しかも、ジュースは飲み放題。俺にとっては贅沢な休憩所みたいなものだが、まさかこんなところで灰野と遭遇するなんて思いもしなかった。
「あー……こんにちは、灰野…………さん」
呼び慣れていないから、敬称をつけるのすら拙さがあった。
それに、学外でクラスメイトと会うとか気まずい。教室だったら気にもしないが、こうして外で対面するとなるとまた違う。遠目に見かけただけなら、軽くスルーすればいいが、ほぼゼロ距離でそんなことするのは空気が読めなさすぎる。というか、普通に失礼だ。他人を距離を置きたい俺でも、その程度は気にする。
「こんなところで会うとは思わなかった」
「……私も」
そう言う灰野は教室で見る朗らかな笑顔を浮かべる。けど、なんか反応が遅かったような? 人のことは言えないし、ただ俺と会って驚いたからだけかもしれないけど。
「私の名前を覚えててくれたんだ」
「灰野さんもね」
「クラスメイトだもん、知ってるよ」
その論理でいくと、もしここで俺が『名前なんだっけ?』と言ったら、失礼な奴になっていたんだけど。
「まぁ、うん……そうだな」
と、言いつつ、他のクラスメイトの名前なんて知らない。
灰野を知っているのはクラスでやたら目立っているからで、誰も彼もが彼女の名前を口にするからだ。教室にいるだけで覚える。逆にクラスで目立たない俺の名前を覚えていたのは意外だが、クラスメイトだから、という説明に納得感があった。
「さすが、優等生」
「ありがと」
俺にしてはよく話した方で、これ以上の引き出しもない。なので、さっさと受付を済ませて別れてしまおう。人数やプランを押して……押して、
「いや、なに?」
灰野が画面を覗き込んでくるんだが。
不意に近寄られても困る。別に思春期らしく異性に過剰反応はしないけど、だからってほとんど話したこともない女子が寄ってきたら緊張もする。
「ひとり……だよね?」
「そうだけど」
「いつも来てるの?」
「はぁ……週に1回くらい」
「お小遣いに余裕があるタイプ?」
「ないけど」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
なんか取り調べでも受けてるみたいだ。なんで、そんなことを効かれないといけないんだ。灰野こそ、こんなタイプだったっけ? クラスの中心的存在だけど、自分から率先して話しかけてるところは見たことがなかった。
戸惑いつつも、受付を終わらせようとタッチパネルに指を伸ばそうとしたら、ちょい、と止められた。画面に触れる直前。伸ばした人差し指を摘むように。
「灰野?」
「佐藤くん」
なにすんだよ。
そういう気持ちで呼びかけたのに、なんでか返ってきたのは俺の名前で。
「もしよかったら――恋人割を使わない?」
突拍子もない提案に「……は?」と、やや低音の声が出てもしょうがないと思う。