第5話 さんまは作りたてがもっと美味しい
「さんまー」
というわけで、金曜日。
約束通り、さんまを焼いて持ってきた。
死体みたいに寝ていた灰野がむくっと起き上がって、テーブルのタッパーを覗き込む。
「さんまだー」
「さんまだからな」
「オリーブオイルひたひたしてないパスタとも絡んでないさんまだー」
「……焼いただけだから」
おしゃれな料理って言っている割に、美味しそうに聞こえないのはなんでなのか。
持ってきた紙皿を出して。
ご飯とお味噌汁、大根下ろしに魚型のタレびんに入った醤油も取り出す。
最後にお箸を箸置きに置いて、完成。
「ほい」
「……ほいで出てくる料理ではないでしょ。料亭なの?」
「ネカフェですが」
「認識が同じでよかったよ」
言いたいことはわかる。
俺も準備しててどうかなーとは思ったから。でも、さんまだけってのも味気ないし、やっぱり白米はいるよな。そうなると味噌汁も欲しくて――と多くなっていった。
「凝り性?」
「……そーでもないんだけど」
そっと灰野から目を逸らす。
「喜んでくれたらなーって、思ったり……思わなかったり」
「愛されてるぅー」
「はいはいあいしてるー」
「冷めきってるー」
そりゃお弁当だから。
「あ、でもここレンジあったか。温めてくるわ」
「よろしくー」
灰野がけだるげに手を振って、パタンッとフラットシートに倒れる。
その雑さに笑って、料理を温めて戻ってくる。
「いただきます」
両手を合わせて丁寧に。
さんまに箸を入れて、ひと口。
「……やっぱ、焼きだよねーさんまは」
灰野の顔がほにゃっとなる。
湯気が立つ味噌汁もずずっとし、表情が緩むのを見ているだけで満たされるものがあった。
作って、ひとりで食べて、残りは冷蔵庫。
料理は日常の作業でしかなかったけど、案外そうでもないのかもしれない。
「はい」
口元にさんまの身が運ばれてくる。
「……あー」
食べる。
温かく、旬だから脂も乗ってる。美味しいなー、と自画自賛したくなるけど、物足りなさもある。
「やっぱ、作りたてが一番美味しいな」
「いま言う?」
ジト目。
「配慮が足りずそーりー」
「しけぇ」
「判決がノールック」
正体バレバレの人狼だってもう少し弁明させるって。
「罰として、今度は作りたてを出すように」
はい、と今度はご飯を俺の口元に運んでくる。
また今度。
未来の約束が増えていく。
それも悪くないなって、ぱくっとする。
「食いついた」
灰野がにへっと笑う。
◆ ◆ ◆
翌日は快晴で、洗濯日和。
朝から干せるだけ干して、駅のカフェまで歩いてコーヒーを1杯。だいたい朝はどこでもモーニングメニューがあって、学生の懐に優しいのでありがたい。
「……おいし」
チェーン店だけど、やっぱりインスタントとは味が違う。
せっかくなので待っている間に図書館で借りたミステリーを読む。喫茶店が舞台のお話で、適した環境だろう。……適してるかな? 適しているということにしておこう。
コーヒーショップで一服しながら本を読む。優雅なひとときだ。
「お兄さんかっこいーねー。私といまからお茶しなーい?」
……台無しにされるのは一瞬だったけど。
顔を上げると、キャハッ(><)って顔をした灰野が、目元で手を広げていた。
「お姉さんどこの時代住み?」
「へいせー」
「逆ナン流行ってんの?」
「男が奢るのがふつーっしょ」
「令和だったか」
「もしくはしょうわー」
年号が変わっても、変わらない価値観もあるらしい。
本を閉じて、席を立つ。
向かいの席を引いてあげると、そのまますっと灰野は腰を下ろした。
「ありがと」
かぶっている白のキャップを膝に置くと、ベージュの髪がふんわりと広がった。
「あんま見ない服装だな」
「どうよ?」
「似合う」
「お褒めの言葉をちょうだいしちったー」
ギャルが残ってるな。
でも、似合っているのは本音で、だぼっとしたオーバーシャツが緩い雰囲気の灰野に馴染んでいた。これが優等生モードならまた違った印象になるんだろうなーと思って、女子のファッションは魔法でファンタジー。
「飲み物買ってくる」
「よろしくー」
ココアとたまごサンド。
トッピングで生クリームを乗せてもらう。
「お待たせいたしました」
「わー、生クリームだー」
目を離した隙に幼女になっていた。
テーブルにトレイを置いたら、はい、と手を広げてきたので、おしぼりで拭いてあげる。
「今日は黒なんだ」
「ギャルなので」
ギャルのネイルって黒オンリーだっけ? 最初のギャル推しはこれが原因か。
落とすのはよくないなと爪は避ける。指の間もしっかり拭って、もとの席に戻る。
「支払いはあとでQRでペイッとするから」
生クリームにガムシロップかけてる……。
「あまーい」
「でしょうね」
むしろ、それ以外の感想出ないだろ、それ。
「今日は服買いたいし、スキンケア類にサングラスも欲しいかなー」
「2泊3日でそんないる?」
「いる」
価値観の違い。