第6話 付き合おっか?

 雀の声だろうか。
 鳴き声が聞こえてきて、瞼を開く。乗り物酔いや観光疲れが嘘のようにスッキリしていて、体が軽い。……気がしていただけで、起き上がれないくらいには重かった。

「物理的に」
「すやー」

 人の上に乗っかって、どういう寝相だ。
 ホテルの掛け布団よりも柔らかい肉布団で、寝起きで使うには性的すぎる。ぺいっとどけてもすやすやしていて、相変わらず朝が弱い。

「起きるかー」

 ぐっと腕を伸ばして、鼻先に灰野の匂い。
 つんっと鼻先を突いて起きてないのを確認してから、灰野の首筋に顔を押しつけすー……。

「猫吸いする人の気持ちがわかった」

 絵面的に猫よりヤバいけど。
 肺を灰野で満たして這いずって。
 ホテルの綺麗な洗面所で洗顔していたら、ドアの向こうから物音がした。

「起きたか」

 どうせ寝ぼけてるんだろうな。
 外でぺたん……ぺたん、とスリッパの音が近づいてくる。フェイスタオルを取り出しといて、灰野を待って……なにしてんのこの子はぁ。

「おぁょ」
「おはようじゃなくてー」
「?」

 天を仰いでも、照明に目を焼かれるだけだった。

「……はだけてるって」
「あー」

 あーじゃない。
 おっぱいがまろび出るどころじゃなく、上半身が裸。辛うじて帯は解けておらず、浴衣が腰に残っているけど、下も危うげで女の子がちらちらしている。

 失敗した。
 昨日はだけていた時点で対応するべきだった。

「はぁぁぁああ」
「ながいためいきー」

 赤ちゃんみたいにけたけた笑いの癖に、体だけは一人前以上なんだからもー。
 ひとまず帯を解く。
 そうすると、完全に裸になって小さいおへそまで見えてしまうが、もはや誤差だ。

「りつのえっちぃ」
「はいはいえっちえっち」

 やっぱり下着くらいはつけさせるべきだった。
 後悔しつつ、浴衣を着せて、今度ははだけないようきゅっと帯をきつく締める。

「朝から疲れた……」
「りつー」
「なにー?」
「かおあらって」

 赤ちゃん。

  ◆ ◆ ◆

 そうして、わかりやすいハプニングとかもありつつ、2泊3日の箱根旅行は終わりを迎えて。

「……なんでネカフェにいるのか」
「帰ってきたーって感じする」

 するけど。
 いつもの420番。金曜日ネカフェの日ではなく日曜日だけど、自宅に直帰しないでネカフェに寄っていた。

「はー……疲れたー」

 さっそくだらけてるし。
 ぐでっと寝転がって、お尻を持ち上げている。旅行中はパンツやスウェットが多かったけど、いまはスカートで水色のレースがこんにちはしている。

 旅行は輪をかけて隙だらけだったけど、普段も普段だったな。
 だらしないことで。
 嘆息していたら、灰野がイモムシみたいに動いて、そのまま俺の体を登ってくる。

「羽化してくれ」
「これから蛹になるから」

 反転して、俺の膝にぽふんっと収まる。

「またそうやってくっつく」
「『いまさらでしょ?』構文」
「本人が言うのはなんか違くない?」
「本家」

 そうだけど。
 恥ずかしげもなく人の膝の上でリラックスしている。これが女の子同士ならまだ可愛げもあるんだろうけど、年頃の男女なわけでちょっと距離感おかしいのでは? といまさらな疑問。

 これまではこれくらいいいかと流してきたけど、旅行のあれ混浴やそれ浴衣はだけやとかでその異常性というか退廃的な関係性になっているかもしれないと、遅まきながらに自覚した。遅すぎる気もするが。

「感覚が麻痺してるんだよな」
「天の恵みでんじはエアスラ?」
「害悪」

 思考の行動不能さでいえば近いものを感じるが。

「この密着具合は高校生的によろしくないんじゃないかなーって」
「いまさら?」
「いまさらだけど」
「裸も見せ合ったのに?」
「見せ合ってはいないんだ」

 微妙な違いだけど、その違いを大事にしたい。

「なら、曝け出しあった仲で」
「もっとヤバくなった気がする」
「律は大きいおっぱいが好きー」
「やめて」

 それは人の性癖を曝け出しているだけだ。いや、別に大きいおっぱいが好きとかそういう話ではなく、男なら意識しない方がおかしいよねって言い訳。

「本当にいまさらすぎる疑問だけど」
「ごめんね?」

 嫌ってわけじゃないの。
 つむじで顎をぐりぐりしないで。

「私と律がいいなら別にいいでしょ」
「そうだけど、ただのクラスメイトなわけで」
「ただの?」

 仰ぐように顔を後ろに逸らして見上げてくる。
 琥珀の瞳が明かりを吸って、自ら輝いていた。

「……まぁ、ただのって表現するにはいろいろとあれだけど」
「一緒にお風呂入って、一夜を共にして」
「列挙すると本当に疚しさしかないなー」
「疚しい気持ちあった?」
「ない……とは言わんけど」

 けど。

「薄め……かな」

 口でこそえっちだ性的だとは言うけど。
 なんとなく、そうした疚しいものを灰野との間に挟みたくはなかった。

「男女の友情は成立しないって言うけどさ」

 たとえそれが正しかったとしても。
 そういう欲求は不純物で、邪なものだ。

「いらないわけじゃないけど、あんまり持ち込みたくない……かな」
「そっか」
「うん」

 そう。
 気持ちを言葉にするのは難しい。
 でも、灰野相手だとなんとなくちゃんと伝わっている気がして、心が凪ぐ。

「律ー」

 灰野がにへぇっと破顔して、俺の両頬を挟んでくる。

「なに?」
「付き合おっか」
「え? あぁ、うん」

 こくんっと頷いたら、逆さまでキスをされた。

  ◆第2部&第5章_fin◆
  __To be continued.