第6話 クラスの女子に三つ編みをぬいぬいされる

 修学旅行が終わって解散したその足で、ネットカフェに行くのは俺と灰野くらいのものではないか。

「どう思う?」
「んー?」

 クッションを抱えて足をパタパタさせている灰野が眠そうに唸る。

「特別って感じー」
「社会の歯車と思いたくないタイプ」
「オートクチュール」
「将来の夢はユー◯ューバー」

 みんな唯一無二という生き方が大好きだ。
 俺はそんなのはいらなくて、灰野の足首を掴んでずるずる引き寄せる。

「なーにーをーすーるー」
「修学旅行で疲れてるのに呼び出された仕返し」
「金曜日だから」
「義務なの?」
「権利」

 でしょ?
 と、手足を伸ばしただらしない体勢で笑いかけてくる。来るも来ないも自由。そりゃそうだけど、とポケットの紙片を摘む。

「飼いならさてるのかなー」
「首輪とリードにすればよかった」

 なにが?

「わん」
「お手」

 うつ伏せからひっくり返って、灰野は腹筋の要領で上体を起こしてくる。
 笑顔で手のひらを差し出してきて。
 ポンッと丸めた手を置くと、よーしよしと顎をこちょこちょしてくる。

「くすぐったい」

 とんっ、と軽く肩を押すと、パタンッと倒れる。そのままバンザイして、見えてないだろう鞄を手探りで引っ掴んでいる。

「なにしてんの?」
「お土産探してる」
「一緒に行ったよな?」
「えろえろぉ」
「……人の醜態を鮮明に覚えているようでなにより」
「記憶力はいいので」

 叩けば消えるかな?
 物騒な考えが浮かんだけど、さすがに八つ当たりに近い。ので、灰野の両足を脇に抱えて、膝小僧をこちょる。やや角度がついてするっとスカートが太ももを滑っているが、スカートの奥にある黒いのに興味は……なんで黒。

「くっ、強い」
「不感症だから」
「使い方合ってる?」
「ぬれるー」

 絶対違う気がする。

「あった」

 ようやく鞄から手を引っこ抜いて、また腹筋。

「はい」
「……ありがとう?」
「どういたしまして」

 パタンッとまたフラットシートに落ちる。
 一緒に旅行に行って、お土産を貰うのは初めてだ。そもそも、家族以外と旅行に行くのなんて修学旅行以外ないんだけど。大の字になって、灰野が下からじーっと見上げてくる。

 開けろってことね。

「簪」
「かんざしぃ」

 漆塗りって言うんだったか。
 黒色で、光沢のある簪だ。飾りは……蓮。

「誕生日プレゼント?」

 打ち上げられた魚みたいにびたんびたんしてる。正解ってことか?
 簪贈ったら、簪が返ってきたと。
 これもある意味等価交換というのか。

 でも、

「つけられなくない?」

 髪、短いんだけど。

「へーき」

 と、灰野が今度はしっかりと起き上がって、正面で胡座をかく。

「じっとしてて」
「地蔵のように」
「寒いジョークはいいから」

 しゅんってなる。冷たい。
 しょんぼり落ち込んでいると、俺の髪に手を伸ばしてなにかをし始める。くりくりくるくる。灰野の手が回っている。

「これでいいね」

 そこにしゅっと簪が挿し込まれた。
 触れると、捻れた束みたいになっている。これは……。

「三つ編み?」
「そ」

 ちょん、と灰野が俺の三つ編みを指で弾く。

「こうすれば挿せるから」
「へー」

 短くても簪って使えるんだ。
 髪を固定するという本来の用途よりは、装飾品としての意味合いが強くなる。でも、これなら髪が短くても使えはする。

「ありがと」
「毎日つけて」

 ……。

「毎日?」
「そう」
「三つ編みできない」
「教えるから」
「なんで?」
「あげたでしょう?」

 ならつけるべき、という強制力ってあるのだろうか。
 でも、確かに灰野は俺が簪を贈ってから、ずっとつけている。ネカフェで転がるときこそ外しているが、学校ではまず見る。
 それをちょっと嬉しいと思ってもいて、灰野もそうなのかなと思うといいかとなる。

「…………やるかー」
「解くねー」

 しゅるり、と三つ編みが解けた。

  ◆ ◆ ◆

「……むずい」

 洗面所の鏡の前で、髪を弄る。
 ワックスとかもつけないから、朝の準備で髪のセットが入るのは初めてだった。ネカフェで灰野に特訓されたとはいえ、1日でベテランになるわけもなく、思い出しながらくりくりする。

「こんなもの……か?」

 鏡に映る男が首を傾げる。
 眉間にシワ寄ってるな。

 ――で、ちょっとした不安を抱えつつも、登校したのだけど……。

「……」

 教室入るなりすんごく見られてるんだけど。
 なに? 怖い。
 一部の女子なんて両手で口元を隠して驚いているし。変か? 変なのか? 俺の三つ編みはそんな下手でぶっさいくなのか?

 普段は気にしない視線も、今日ばかりは気になって。

「おはよう佐藤くん、髪型変えたんだね? 似合ってるよ」

 白々しい爽やかな笑顔の灰野に、「どーも」と不貞腐れたような返事をするのがやっとだった。

  ◇ ◇ ◇

 律が栗みたいな口をして通り過ぎていく。
 その複雑そうな内心は読心術のない私でも簡単に想像できて、うっすら笑ってしまう。

「あ、あの……いいんちょ?」

 さっきまで修学旅行の思い出に花を咲かせていた女子が恐る恐る訊いてくる。

「あれ、いいんちょが京都のお土産屋さんで買ってた簪……だよね?」
「そうだね、同じものだね」
「いいんちょが最近してるのと色違いのお揃いっぽいねーって話してて」
「したね」

 もごもごしている。
 私はそれを見て委員長らしい笑顔を浮かべる。

「――印は必要だから、ね?」

 言葉にしないからこそ、伝わる気持ちもある。

  ◆第2章_fin◆
  __To be continued.