第2話 位置情報アプリはふつーだから
結婚。
結婚……結婚かぁ。
私も女の子なので、そういう想像はする。慎ましい暮らしでもいい。好きな人と一緒になって、子どもが生まれて……そんな普遍的な人生の幸福。
これまでは曖昧で、夢を見ているように朧げ。曇りガラスを通して見たように現実感がなかった。ただの妄想。
……でも、少しだけ。
隣にいる人だけは、ハッキリくっきり瞼の裏に思い描ける。
「会長、楽しそうですね」
「そう見える?」
生徒会室で雑誌を見ていたら、副会長に話しかけられた。
仕事も終わったとはいえ、学業とは関係ない雑誌を持ち込んだことを怒られるかなと思ったけど、そうではないらしい。
「はい、とっても」
含むように眼鏡の奥で笑う。
「今週の始めは言葉も少なく、どこか元気がないように見えましたので」
「……心配させちゃった? 表に出してるつもりはなかったんだけど」
「イン◯タの更新も止まってましたね」
「あははー」
誤魔化すように笑うしかない。
理由は律と喧嘩してたから。
喧嘩というには一方的だったし、律が許してくれるから甘えていた側面が強いんだけど、やっぱり不満はあった。そのすべてが解消したとは言えないけど、未来を思わせる言葉にときめいたのも事実で……いま思い出しても、頬が緩みそうで困る。
「結婚されるんですか?」
「え」
ドキッとする。
心でも読まれたのか? と首の裏に汗が浮かぶが、副会長の視線が私の顔から雑誌に移ったのを見て理解する。
「あ、あぁ、これね」
ゼ◯シイ。
副会長の表情的に冗談なんだろうけど、私としては学生婚もなんてなんて。
「しないけど……ちょっと興味があって」
パタンッと閉じて、雑誌で顔を隠す。
結婚で思いついたのがこれで、とりあえず買ってみたけど、読む場所に困って生徒会室になった。
教室は騒がしいし、家で読めるわけもなく。だからといって律の前で読むのは、それこそ勇み足で重いかなって気もするし。
こういう話に興味なさそうな副会長しかいないタイミングを狙ったんだけど、やっぱり女子高生だったみたい。
「彼氏さんとの将来を考えているんですね」
「いないけど……?」
「え?」
「え?」
なんで驚くのか。
私と副会長を隔てていた結婚雑誌を下げると、副会長が目を丸くしていた。鳩が豆鉄砲とはこのことで、眼鏡がずり落ちそう。
「そう、なんですか?」
「そう、だね?」
そんなに見られると不安になる。
副会長に言った……? いや、誰にも言ってないし、学校では律とも絡んで……いない、とも言えないけど。でも、露骨な態度は出していないはず。
他からとなると……まさか律?
「すみません、勘違いしました。イン◯タで香ばしく匂わせていたので、てっきりもうお付き合いしているとばかり」
ごめんなさい私でした。
付き合ってからは控えていたのだけど、そういえばちょいちょい匂わせ行為をしていた。
あれは大事な居場所を盗られないようにという一種のマーキングのつもりだったけど、いまにして振り返ると好意ダダ漏れ。
ただの牽制で、私は律が大好きですと公言しているようなものだ。
恥ずかしい……! と学校ごと地盤沈下で埋まりたいけど、生徒会長の顔を崩すわけにはいかない。
「匂わせ? がなんのことかは――」
「え? 匂うっすか?」
ちょうどよく入ってきた庶務がくんくんっと手の甲を嗅ぎ出す。
「……自動販売機で飲み物を買うにしては遅いと思っていましたが、コンビニ行きましたね?」
「大丈夫っすよ、副会長! ちゃんとみんなの分買ったんで!」
「食事の心配はしていませんよ」
快活に笑う庶務に副会長が呆れている。
話題が逸れてほっとする。本当にいいタイミングで戻ってきてくれた。胸中で手を叩いておこう。パチパチ。
「足立さんは目を離すとどこへ行くかわかりませんね。位置情報アプリでも入れますか」
「アカウントこれっす」
さっそくコンビニ袋から取り出したオールドファッションをモグモグしながら、庶務がスマホを副会長に見せる。その顔は微妙そうだったけど、スマホを取り出しているので断る気はないらしい。
気軽なふたりのやり取りを見ながら、位置情報アプリかー、と思う。
私は友人相手だろうと個人情報を開示するなんて早々したくないけど、クラスの子たちも気軽に使っているのは知っていた。繋がってると安心できるとかなんとか。
その感覚は正直わからない。
「会長も交換しませんか?」
「私はそのアプリ使ってないんだ」
ごめんね? と謝る。
えーやりましょうよー、と迫ってくる健康的小麦色後輩女子を笑顔で躱しつつ、どこでも繋がる安心感について思いを馳せた。
馳せて――。
◆ ◆ ◆
「律、位置情報アプリを入れて」
「…………束縛系彼女?」
今日は生徒会があるから、金曜だけどネカフェはないなと思っていた。
でも、先に行っててと言うので、いつもの部屋で漫画ヨミヨミ珈琲ノミノミ待っていたら、来た途端に笑顔でとんでもない要求をされた。
「首輪出すねー」
「物理?」
なにかの冗談かと思ったら、ガチで首輪が出てきてつけられた。
彼女のペットになるのは倒錯的すぎやしないか。