第5話 恋人アピールは口づけで

 おっとりした雰囲気におさげがよく似合う女子高生。
 見るからに大人しい性格だけど、好きな異性に告白しようという大胆さというか、女子らしい前向きさもある。

「こんにちは」
「あ……こ、こんにちは」

 店員にしては控えめな挨拶だった。
 目を伏せて、おろおろとしている。見るからに困っていて、被虐心と庇護欲が同時に湧いてくる。目立ちはしないけど、男子はこういう子が好きというか、一定数の需要がありそう。

「水瀬さん、ここでバイトしてたんだ」
「う、うん……最近、始めたの」

 見れば、エプロンの胸元には名札と一緒に初心者マークがついている。

「偉いね」

 笑顔で話しかけているんだけど、その顔色はよくない。というか、私の顔を見てから悪くなっている。心当たりは……あるというか、ね?

 水瀬さんが律に気があると知って。
 夏休み明け。直接、彼女の教室まで行って、少し話したことがある。別に住所もマッチングアプリのアカウントも聞き出してない。SNSすらやってるか微妙だし。

 ただ、少しだけ……律と仲がいいんだーという話をニコニコ喋っただけだ。受け取り方は自由で、どう思うかは私の責任じゃない……なんて無責任なことは言わない。
 意図したし、牽制で、女の醜い妬みで。
 結果としてこの子は律に告白しなかったんだから、私の感情的な行動はなにかを変えたんだと思う。

「そんなこと、ないよ」
「あるよ」
「……」
「…………」

 気まずさを感じるのは負い目があるからかもしれない。
 時折、本当に微かに……窓から差し込む陽光の中を浮かぶ埃くらい僅かに、律が他の誰かと付き合っていたかもしれないと思うときがある。瞬きくらいの時間で。

 そんなとき、真っ先に思い浮かぶのはこの子だ。間違っても他人の男なら誰でもいいビッチではない。

 朴訥とした少女。
 教室でTik◯okの動画を撮っているような子とは正反対で、華やかさも陽気さもない。でも、小川で咲くような慎ましさがあって……律と並ぶと、似合うんじゃないかって。

 思って、消して……消して。

 あー、よくない女の部分が出てくる。それを喉元で押さえようとすると、声まで詰まって重たい沈黙を生んでしまう。

「レジ、するね」
「……うん、お願い」

 ドーナツの載ったトレイを渡して、水瀬さんがレジに打ち込む。
 その手際はお世辞にもいいとはいえず、ポチ、ポチ、と思い出しながら打っているみたい。

「……佐藤くんとお付き合いしてる、んだよね?」

 彼女の視線が不意に私を超えた。
 追いかけると、律が赤くなった耳を押さえていて、まだ羞恥の熱と戦っているところだった。
 なにやってんの。
 そう思うも、どうしようもなく胸がうずうずして、水瀬さんに感じていた負い目は指に刺さっていた棘が抜けたようにスッキリする。

 だから、笑顔。作り物じゃない、心の底からの。

「律は私の彼氏だから」

 手に入れた私は胸を張って幸せだと笑うべきだから。

  ▢ ▢ ▢

 ――たぶん、灰野さんは誤解している。
 彼女が教室に来て、『少しお話しよう?』とニコニコ顔で迫ってきて、律がね律わねー? と仲のよさアピールをしてきたのは驚いたし、怖くもあった。

 女子の秘密は秘密にならない。
 身近なフレネミーが漏らした密やかな好意はボトルメールのようにあっさりネットの海に流されて、届いてほしくない人に届いてしまったんだとそのときに悟った。

 どんな会話をしたかは……正直、あんまり覚えていない。
 でも、直接的な明言はせず、言外に『律には告白しないで』と言っていたのは伝わってきた。昼休みを全部使って、落語家のようにひとりで陽々語っていた話は、そのひと言に圧縮できた。

 灰野さんは綺麗だ。
 わたしと違って華があるし、誰にでも分け隔てなく笑顔で接するコミュニケーション能力もある。コミュ障気味のわたしとは正反対で、こんなわたしじゃ灰野さんに勝てるわけないよねって……諦められたらよかったんだけど。

 もしかしたらとか、せめてとか。
 往生際悪く告白だけでもって足掻こうとした。

 して、

『りつー』
『ココアな』
『りーつー』
『漫画取らせて』

 駅前のネットカフェ。
 ドリンクバーの前でたまたまふたりを目にして、あぁ、と風に吹かれるたんぽぽの種のようにあっさりとわたしの恋は飛んでいった。

 佐藤くんに抱き着いて、だるーんと脱力している灰野さんにも驚いたけど。
 ……そんな顔、するんだ。
 ダル絡みされつつも、穏やかに笑う佐藤くんを見てわかった。

 終わってたんだ、わたしの恋。

 1年生のとき、隣の席で。
 ぼんやり窓の外を見ている彼の姿を眺めていた。その横顔が好きで、ずっと見ていたかった。それだけでよかった。傍で見ていられればそれで。

 見ていただけだったから――飛んで行っちゃった。

「……永遠はないんだよ?」

 奪おうとか、盗ろうとか。
 そんな気は微塵もない。……ないけれど、勝ち誇られると一矢報いたくもなって。
 これが負け犬わたしなりのおめでとう。……捻くれすぎだね。

  ◆ ◆ ◆

「……なにしてんの?」

 戻ってきた灰野がもとの対面の席じゃなく、隣に座ってきた。
 大きめのお尻をぎゅむっと寄せてきて、腕を抱いてくる。肘から二の腕が灰野の胸にすっかり埋まって、下がってきていた体温がまた景気上昇期に入る。

 近くの女学生のきゃーみたいな視線も痛いし。俺を人体発火させたいのかと思えてくる。

「律は私のだってアピールしてるの」
「知ってる」

 俺は俺のものだけど、灰野のものでもある。

「恋人ってそういうものじゃないの?」

 言ったら、灰野が顔を上げた。その頬は紅潮していて、ぎゅーっとより突撃するように寄りかかってくる。

「好きぃ」
「俺もー」
「ちゅーしていい?」
「だめー」

 公共だから。
 不満で唇を尖らせてくる。でも、これでも俺は常識があるので、場所くらい弁える。……弁えようとして、先輩の言葉を思い出してしまった。

 ……別に、盗られるとか。アピるとか。
 今日会ったばかりのプリン頭に煽られたところで、挑発に乗るほど単純じゃないけど。

 ――ふにっと、口づけをする。

 伏せた目を上げると、隣の席の女学生と目が合う。
 ヤバい、見られた。
 赤い顔で口を押さえていたので人差し指を立てる。こくこくっと頷いてくれたので、ひとまず安心して灰野の顔から離れた。

「……灰野?」

 顔が真っ赤で。
 のぼせたようにぼーっとして、俺と目が合うとボッと赤みが増す。ぎゅぅっと両手を頬を潰すように当てて、ちらりと上目遣い。

「もう……1回、いい?」

 よくない。

  ◆第2章_fin◆
  __To be continued.