第4話 アピールしないと、盗られちゃうよ?
「……教えてって」
チェックのロングコートと白のセーターでもこもこしている灰野にジト目を向ける。
「まず灰野がここに来た理由を教えてほしいんだけど?」
「お客さんに対してその態度は失礼じゃないかなー?」
「教えていただけますか?」
「プライベートなので」
ごめんなさい、と小さくぺこっとしてくる。
うーん、額に青筋が浮かびそう。
「冗談、律がバイトするっていうから気になって」
「ケーキのおすすめはですね」
「店員さんプレイ?」
「お仕事です」
休みにわざわざ足を運んで、暇なのかな。
本当にケーキを買うのかは知らないけど、一応選んで上げようとケーキの冊子を開いていると、手持ち無沙汰にしていた先輩が「知り合い?」と訊いてくる。
「えぇ、まぁ」
彼女、というのは若干の抵抗がある。
ほーん? となんだかわかった風に目を細める先輩の視線に居心地の悪さを覚えていると、その視線が今度は灰野に向いた。
「めっちゃかわいいーよね? 高校生?」
「どう見えますか?」
「ぽいけど、大学生にも見えちゃうなー」
「大人っぽいってことですかね?」
確かにいまの灰野は大人っぽく見えるけど。
あれやこれやと話しかける先輩に、灰野は優等生モード。予想通りというかなんというか、見た目同様ちょい軽い先輩めっちゃかわいい灰野にご執心らしい。
…………。
「よかったら連絡先を――」
「先輩」
スマホを取り出す先輩の言葉を遮る。
ようやく意識がこっちに向いたので、精一杯顔を顰めつつ、テーブルを回って灰野の隣に並ぶ。そのまま、ぐいっと灰野の肩を抱く。ちょっと驚いたように琥珀の瞳が向くが知らない。
「俺の彼女なので」
あんまりちょっかいかけてくれるな?
と、そういうつもりで睨む。
しばらく俺と灰野を見ていた先輩は驚いた様子もなく、にっと歯を見せて笑った。
「やっぱりそうだったかー」
……やっぱり?
「ひと目見たときからそうじゃないかと思ったんよねー。彼女さんからは恋人っぽい雰囲気出てるし、でも後輩くんはちょっと素っ気なさあったからさー」
「……カマかけました?」
「いらっしゃしゃせー」
新しいお客が来て、先輩が適当な挨拶をする。
一瞬、客に向いた顔が俺を見て、にやりと笑う。
「俺のでーすってアピらないと、盗られちゃうよー」
つまりはそういうことで。
灰野の肩に置いた手に力がこもる。からかわれた。顔から火が出るどころか、マグマみたいにドロッドロに溶けてしまいそうだ。というか、溶けたい。このまま消えてなくなってしまいたい。
人生最大の汚点、羞恥。
思考も真っ赤になって固まっていると、「あ」と先輩が思い出したように声を上げた。
「後輩くん休憩行っていいよー。彼女さんと! どっかでお昼食べてきてどうぞ」
うるせー。
◇ ◇ ◇
律が死んでた。
スーパー内にあるドーナツ屋さんのテーブルに突っ伏して、微動だにしない。ただ、その顔は小学生が雪遊びしたあとみたいに赤くなっていて、耳に触れるとぴくぴく震えて面白い。
こんな律は初めて見る。
最初はなんだあのプリンと心の距離を全力で開いたけど、こんな律を見せてくれていまだけは感謝している。いまだけは。
「俺の女って言われちゃったー」
「…………」
「律があんなに独占欲が強いなんて思わなかったなー」
「………………」
「肩を抱く手が力強くて、キュンってしちゃったよー」
「……して、殺して」
「いや♡」
あ、羞恥で身悶えしてる。
そんな幻のポケ◯ンくらい珍しい姿をいつまでも眺めていたいけど、残念なことに律はバイトのお昼休み中。時間は有限で、律にお昼を食べさせないわけにもいかない。
ひとまずパシャっとしてから、席を立つ。
「注文はなにがいい?」
「……死ねるなにか」
「担々麺ねー」
「死ね、る?」
死なさない。
普段ならこういう注文は率先して律がやってくれるのだけど、さすがに高熱を出してホットでリミット状態の彼氏くんに任せるほど死体撃ちは好きじゃない。
「というか、普段から甘えすぎなのかな?」
律は甲斐甲斐しい。
お世話好きなのか、率先してなんでもやってくれる。頼られることの多い私にとっては新鮮で、唯一で。ついつい甘えてしまうけど、それでは偏って歪な形になってしまう。
「いつか盗られちゃうぞー……なんて」
そんな心配はしてないけど。……けど。
「いっらしゃいま……あ」
「あ」
ドーナツをトレイに載せて、店員さんに渡してはたと目が合う。
驚きの声が重なる。
「灰野、さん?」
疑うように私を呼ぶのは店員さん。
同じ学校の生徒で――律に告白しようとしていた女の子だ。