第3話 位置情報アプリをさっそく活用してバイト先に顔を出す彼女

「ぐえー」

 首がぎゅぅっと絞まる。
 人の首を締めた張本人灰野は満足気で、スマホでカシャカシャし始めるし。やめれ。

 絞まる首輪……もといチョーカーに指を差し込んで緩めて、コーヒーをずずっと飲んでちょっとえっちな生徒会漫画に戻る。

「で、位置情報アプリ」

 戻りたかった。
 胡乱な目を向けても、灰野の瞳はキラッキラしてて、その眩しさに目を細める。なんで急に位置情報アプリなんか。不安にさせるようなことしたっけ?
 ……同棲のあれとか?

「大学の同棲は断ったけど、それで浮気してるとか気持ちが冷めたとか、そういう判定されても困るんだけど」
「大丈夫。私はそんなに重い女じゃないから」
「ヘビー級だろ」
「軽いでしょ?」

 膝に乗ってくる。
 どうよ? とお尻を動かすのはやめてほしい。ほどよくお肉がついていて、スカート越しでも形と弾力がわかる。中身も知っているから想像も鮮明で、冷静を保てなくなりそうだ。

 なので、灰野の脇にずぼって両手を差し込んで、ぺいっとフラットシートに投げる。ぽふっと転がった灰野が大の字になって、気が抜けたように天井を見上げている。

「律は最近冷たい」
「高校生らしい健全な距離感を求める」
「『いまさらでしょ?』構文」
「禁止カードぉ」

 それ使っちゃダメって言った。
 ころんっと転がって、横向きになって俺を見上げてくる。ただ、その顔に不満とか拗ねたとかそういう色はなく、むしろ、わかってるよ、という理解とからかいが混じっていた。つまりニヤニヤ。

「意識しちゃうんでしょ?」
「…………そうだって言ったら?」
「嬉しい」

 えへぇと笑みを零して。
 そんな顔をされると余計に顔が熱くなるし意識してしまう。がおーっと飛びかかってくるので、やめてと肩を押さえてもう一度こてんっと倒す。

「今度はいつお風呂入ろうかなー」
「……襲われたいの?」
「いいよ」

 軽いって。
 冗談じゃなさそうで、かといってこの場で狼になるわけにもいかない。弄ばれてるなーと思うけど、灰野だって誰彼構わずこんな思わせぶりな態度を取っているわけじゃない。

 俺だけで……と思うと、余計に胸がむずむずして、理性の決壊も近いかなって冷静な部分が自己分析している。

「……で、位置情報アプリ?」
「襲われちゃう話を続けてもいいよ」
「…………ちゅーする?」
「する」

 した。

「友達同士でも気軽にやってるし、一緒にやろうよーってね」

 満足したのかようやく本題に戻ってきた。
 ここまでずいぶんと遠回りをして、息切れを起こしそう。逆に灰野の肌艶がよくなっているんだから、こいつはサキュバスかなんかかもしれない。精気を吸われてる。

「別にいいけど」
「ごねないの?」
「ごねてほしいの?」
「くんずほぐれつしたかったから」
「すったもんだ、な」

 物理的に揉めてどーすんだよ。
 そう思ったら、ぽふっとクッションが顔に当たる。くすくす笑っていて……はー、ね? ぺいっと投げ返して、ぺぺいっと2個戻ってくる。ぽふぺふぼふぼふくんずほぐれつ。

「疲れた」

 べたーっとフラットシートに前のめりで倒れたら、灰野が上に乗ってくる。なんでこう俺の理性を壊そうしてくるのか。むにっとしたふくよかさが気になるけど、体力を使って起き上がれそうにない。……そういうことにしておいた。

「これでいつどこにいても律の居場所がわかるね」

 灰野の満足そうな声がしたあと、はい、とスマホが落ちてくる。
 画面には見知らぬドーナッツみたいなアイコンが増えていた。

「いまは重なってる」
「当たり前だろ」

 重なってるんだから。

  ◆ ◆ ◆

「ご予約承りました」

 子ども連れのお母さんにケーキの予約票を手渡して、はーっと息を零す。
 ようやく一区切りといったところか。
 クリスマスももう間もなくで、駆け込み需要があるのだろうか。

「お疲れーっす」

 休憩に行っていた先輩が戻ってくる。
 手にはペットボトルのコーヒーを持っていて、ほい、と渡してくるのでお礼を言ってありがたく受け取る。軽く飲んでいる間も、スーパーを出入りする人は多くて、時折こっちに目を向ける人もいた。

「この時期でもケーキの予約多いんですね」
「むしろこっからでしょー」
「早割終わってるのにですか?」
「事前予約がいくら安かろうと、締め切りギリギリにならないとやらないのが人間なんよ」
「浅いなー」
「だろー? ……あれ、いま浅いって言った? 人生の先輩に浅いって言った? ねぇちょっと?」

 短期バイトで、働き始めたのは今日から。
 だからこの先輩に会うのは初めてなんだけど、すでにうるさい奴のグループにぽいっとしている。頭もプリンだし。

 騒がしいバイトの先輩を放置しつつ、新しいお客さんに笑顔で対応する。ひっきりなしでなかなかに大変だけど、季節限定短期バイトってこともあって時給はなかなか。
 クリスマスのプレゼント代には十分足りる。

「おぉ、かわいい子発見」

 小声で先輩が唸ってる。
 バイト中ですよ、と肘でつつく。見た目からの偏見だが、仕事放ってナンパとかに走り出しそうなんだよなこの先輩……って。

「へー、ケーキの予約してるんだー」
「……いらっしゃいませー」

 白々しい演技で簡易特設コーナーのポップを見ている灰野。
 その手にはスマホが握られていて、地図画面が出ていた。さっそく使ってんのかよ、位置情報アプリ。

 辟易していると、テーブルを挟んで身を乗り出してくる。
 こしょっと。

「おすすめのケーキ教えてよ、おにーさん?」

 ……おにーさん呼びにちょっとときめいたのは内緒。