第4話 えっち以外は全部したのに、いまさらちゅーが恥ずかしくなる

「わっ、委員長ピアスつけたの!?」

 そんな声で机に伏せていた顔を上げる。
 正面では、いつも通り灰野の周りに女子がたむろしていて、ファーストフードで女子高生がきゃいきゃいしているみたいな光景が広がっていた。

 少し恥ずかしげに、灰野が耳のピアスに触れている。演技っぽいなーと思うのは教室内で俺だけだろうか。

「開けたばかりでこれからだけどね」
「ちょっと意外。いいんちょ、そういうのしないと思ってた」
「ねー? 真面目ちゃんだもん」

 真面目……ちゃん?
 さて、一体誰の話をしているのか。俺には適度に不真面目で怠け者にしか見えないが。

「変……かな?」
「ううん! 全然いいと思うよ!」
「今度買いに行こうね」

 ピアス。……ピアスかー。
 耳たぶに触れると金属の感触が返ってくる。ファーストピアスで、飾り気もなにもない。まだ1ヶ月以上このままにする必要があって、微かな重みでつい触りたくなる。
 ベタベタ触るのはあんまりよくないらしいけど。

 外して、なにをつけるか。
 あんまりイメージは湧かない。そもそも、こうした装飾品をつけるのは初めてで、流行りもよくわかってない。……いや、初めてじゃなかったか。ピンっと三つ編みの簪を弾く。

 どうあれ、自分で選んだわけじゃなくて、なにがいいかなと悩む。

 クラスメイトと会話が弾んでいる灰野を窺う。

「……クリスマスはすぎるけど」

 贈り物としてはいいのかもな。
 なにが似合うかな? 蓮……は考えるの面倒臭くて同じのにしてみましたって感じでないな。統一感は出るが。宝石はー、学生の贈り物にしては重い……か?

 ふーむ。
 と、悩んでスマホで残金を確認。

「金ないな」

 世知辛い。

  ◆ ◆ ◆

 ネカフェの誘いが多くなっている。
 週に1回、多くても2、3回だったのに平均3回くらいになっていた。習い事かよってツッコミたくなる。
 原因は……まぁ、明白で。

「バイト?」
「金がないから」

 高校生がバイトをする理由なんて、そんなもんだろ。
 
「……なんで?」
「行間を読もうとしなくていい。そのまま読んで」
「お金がないから」
「いくざくとりー」

 その通りでございます。
 というわけで、説明は終わったので漫画の続きを……おい。

「足の裏を蹴るな」
「なんでって訊いたんだけど?」
「ネカフェの通いすぎ」
「原因は訊いてない」

 素足の指で、ぎゅうぎゅう足の真ん中を押してくる。私は不満です、と訴えていた。

「恋人との時間を蔑ろにする気ですかー?」
「普段から雑だけど」

 付き合ってからも、ネカフェでダラダラしているだけだし。
 そんな俺の反論が気に入らなかったのか、口の両端をこれでもかって下げてくる。膝と一緒に抱えていた黒革のクッションをぽいっと投げて、ずいずいと這い寄ってくる。

 そのままぐいっと顔を寄せてきて――

「…………なんで邪魔するの?」
「いきなりなにしようとしてんだよ」
「ちゅー」

 唇を突き出すな。それはわかってるから。
 おでこを押さえて、どうにか灰野の暴挙を止める。

「恋人っぽくないって言うから」
「そこまでは言ってない」
「証明が必要かなって」
「俺は彼氏、君は彼女」
「QED」
「完璧だねー」

 というわけで、もといた場所にお帰り。……帰れよ。
 俺に額を押さえられた状態のまま動こうとしない。ジト目の琥珀が僅か数センチの距離で俺を射抜いていて、どうしてか疑念に満ちている。

「……浮気?」
「ちょー特急だな」

 付き合ってまだ1ヶ月も経ってないんだが。
 飛行機だってビックリの速さだ。宇宙探査機にだって負けない。負けて。

「えー……疑われるようなことした?」
「ちゅーさせてくれない」
「恋人でも節度ってある」
「付き合う前はちゅっちゅしてたのに?」
「その擬音やめて」
「ちゅっちゅちゅっちゅ」

 好きな子に意地悪する男子小学生かよ。……その場合、俺が好きな人ってことになるし、間違ってなくて、これからずっと意地悪されるかと思うとどうしよう。

「この前もしたよね」
「……したけど」

 ココアの甘い味が、じんわりと舌に浮かぶ。

「だから、浮気かなーって」
「本気で思ってる?」
「全然」

 へにゅっと灰野の目尻が緩む。

「だって、律は私のこと好きだから」
「…………」

 断言しないで。好きだけど。

「顔赤いよ」
「赤面症なんだ」
「大変。なら、ちゅーしないと」

 ならってなんだよ。ちゅーは人工呼吸じゃありません。

 諦めるつもりはないのか、俺の手に額をくっつけたままじーっと見てくる。猫がなにもない場所をずっと見ているくらいじーっと。耐えられればよかったんだけど、俺の心の問題もあって白状するしかなくなった。
 このままだと目をぐるぐるさせて気絶する。

「……あれだ」
「どれだ」
「付き合った、だろ?」
「付き合っ“てる”ね」

 細かいな。

「なんか……意識しちゃって、はずい」
「意識」

 頬が熱い。
 血まで熱くなって、全身が火照る。
 言いたくなかったなー。
 そう思うけど、今日ではなくても言わされていただろうから、いずれ人が死ぬくらい変わらない運命だったんだろう。

 どんな顔してるのか。
 近すぎてわからないので、ぐっと灰野の額を押し戻したら、わかりやすくぽかーんとしていた。辞書にぽかーんの意味として載せたいくらい見事なぽかーん顔だった。

「キスしたのに?」
「……そうだけど」
「一緒にお風呂入ったのに?」
「…………そうなんだけど」
「あとはもうエッチするくらいしかないのに?」
「意識させないでいただけます?」

 死ぬよ。恥ずか死するよ。
 しばらく漫画のワンシーンみたいに切り抜かれていた灰野だったが、再生ボタンをぽちっとされたように大口を開けて笑い出した。

 初めて見る大笑で、今度はこっちがぽかーんだ。

「あははっ、ひっ、ふひっ……順序おかしいでしょっ!? なに? 振り出しに戻るマスでも踏んだの? ひ、は、ふふ……心だけ思春期ぃ?」
「うっせーばーか」
「……っ、~~っ!」

 フラットシートをバンバン叩くな。どんだけウケてるんだよ。
 しょうがないだろ。

「意識するんだから」

 灰野を女の子として。
 いままでだってしていたけど、安心の方が強かった。
 行為も、距離感も。
 でも、関係の変化を経て、異性としての意識が強くなった。なってしまった。

「やっぱり好きだなー」

 灰野が涙を拭って、結局ちゅっと唇が触れる。
 やめろって言ったのに。
 文句を言いたかったけど、えへーっと蕩ける笑顔の灰野に言葉は溶けて、こもった熱をはーっと吐き出すしかできなかった。