第3話 してよ、傷物
「ピアス、約束……」
そういえば、箱根に向かう電車でそんな約束をしたような……針、鋭いな。照明で尖端がギラギラしている。
痛そう。
でも、その横では灰野の瞳がキラキラしていて、しょうがないよなーってなる。約束したなら。
「…………やるかー」
「痛そうだからやっぱやめるとか言い出さないでよかった」
「……まさか」
そろっと視線を逃がす。
くすくす笑っているし、俺の考えなんてお見通しなんだろうけど、口には出さない。一応、男なので。その程度の見栄を張りたいときもある。
「で、どうやんの?」
「まず……動画観ようか」
私も初めてだし、と言われると、ちょっと不安になる。
顔に出たのか、灰野がこっちを見て「予習はしてるよ」と付け加えてくる。
「消毒して、マーキングして、セット貫通」
「最後雑じゃなかった?」
「書いてあるから」
私のせいじゃないと、横に並んだ灰野がぐいっとスマホを見せてくる。画面をタプっとしたら、灰野が参考にしたらしいピアスの開け方ガイドが流れる。
消毒して、マーキングして、セットして、貫通。1分くらいの簡単クッキングだった。こちらが出来上がったものですと下から出てきたくらい速い。
「ね?」
「なら、いいのか」
「いけるいける」
「不安煽るのやめてもらえます?」
「煽ってないんだけど?」
眉根を寄せられるけど、軽い口調がなんかなーってなる。失敗フラグが立たないといいが。
「なら、手洗うか」
レッツ、ピアスホール。
◆ ◆ ◆
キュッ、キュルキュル。
「念入りじゃない?」
というか、なんか文字書いてる気がするんだけど。
「楽しい」
「いや、ただのマーキング」
「楽しい」
「はい」
人の耳たぶに黒丸書いてなにが楽しいのやら。
視界の端で機嫌よさそうにペンを握っている姿は子どもがお絵かき帳に落書きしているようだ。ただのマーキングで、これから描いた黒丸を貫通させるとは思えないテンション。
「これからそこに穴を開けるってわかってる?」
「もちろん」
パッとペン先を離した灰野が、にっと整った白い歯を見せる。
「私のって、消えない印をつけるんでしょ?」
「ヤンデレ?」
「あなたを殺してわたしも死にますわ」
「永遠の愛かー」
さっと灰野の目元に影がかかるのが怖い。
「冗談はさておき」
「…………うふふ」
さておき。
手のひらを灰野に向けて、くいくいっと手招く。
「ピアッサー貸して」
「?」
「……首傾げる理由あった?」
なんでって顔してる。
俺の方がなんでなんだけど。
「開けるから」
「律のは私が、私のは律が開けるって言ったよね?」
「……言った」
半月以上前の電車での記憶が蘇ってくる。
あのときは話の流れで、半分くらいその場のノリだったんだけど、それがこうして言質として取られてしまうとは。
「口約束って成立するんだっけ?」
「する」
「断固としてるなー」
まぁ、いいけど。
耳を向けると、すかさずピアッサーで挟んでくる。そんなことないはずなのに、氷のような冷たさが針から耳たぶに伝わってくるようだ。
「3、2、1、ぜーろ……でいくから」
「そういうタメいいから。さっさとやっ」
パチンッと。
耳元で火花が弾けるような音がした。チクリと痛みが走って、突然で体が強張った。瞬きを繰り返して、そろっと耳たぶに触れると指先にプラスチックのつるっとした感触がした。
じろっと横目で睨む。
「……おい」
「律の指示通りさくっと」
「不意打ち好き?」
「好きぃ」
楽しそうでなにより。
軽く触ってみたけど、血も出ないし痛くない。
「こんなもんなんだな」
ちょっと拍子抜け。
「ね? そんな身構えなくていいって、言ったでしょ?」
「それは言ってない」
「いま言った」
「未来予知しろってこと?」
「まずはスプーンを曲げます」
道のりは長そうだ。
くっついているカプセルを外すと、金属のようなものが出てきた。
「ファーストピアスって言うんだって」
「へー」
これがね。
あんまり触るとよくないらしいけど、やっぱり自分の耳についているものは気になる。……もっと気になるのは、ピアスに触れている俺をニコニコしながら見ている灰野だけど。
「なに?」
「律の初めてもらっちゃったなーって」
「……」
この子、初心な見た目の割に下ネタ大好きだよね。
「これから灰野の初めてを俺が貰うんだよ」
「きゃー」
なんで嬉しそうなんだよ。
すすっと体を横に向けてくる。正座して、耳の上に髪をかける。かわいらしい形をしている耳が顕になった。スプレーで消毒して、ちょんっと黒い染みのようにマーキングが浮かんだ。
なんか……少し、罪悪感が。
「自分でやらない?」
「なんで私ので及び腰になってるの?」
「やー、人の体に穴を開けるのに罪悪感というか……」
「というか?」
琥珀の瞳が端に寄って、俺を射抜いてくる。
言い方言い方。考えて、でも上手い言葉が出てこない。こういうのって、国語の授業をしっかり受けていても意味ないよなと、センスの無さを嘆きたくなる。
あー……と声を間延びさせて、時間稼ぎを諦めて小声でぼそっと思っていたことを零す。
「……傷物にしてる気がしてなんか、抵抗が」
「――あはっ」
「笑う要素あった?」
俺は真面目なんだけど。
むすっと唇を結んだら、ごめんと謝ってくる。そして、そっと黒い印のついた耳をそっと近づけてくる。
「してよ、傷物」
挑発的に笑って、でも、どことなく嬉しそうで。
……罪な女。
結婚や指輪とも違う、逃げられなくなる契約をするみたいだ。
別に逃げるつもりはないけど。
ピアッサーを灰野の耳たぶにセットして――パチンッと灰野に消えない傷をつけた。