第4話 クラスの女子とスーパーで夕食の買い出し

 初めて見る顔。
 付き合いは2年生に上がってからとはいえ、他のクラスメイトよりも濃い時間を過ごしてきたと自負している。それなのに初見なんだから、きっと誰も知らない顔だ。

「……寄ってる?」
「てるねー」

 律の眉が下がる。
 それは困惑で、眉間のシワが少し柔らかくなった。脱力するように表情も緩む。いつもの律の顔になっていく。

「これから買い物?」
「そう」

 だから、ネカフェには行けないと、その瞳は言っているようだった。
 残念、と肩を落とす。
 律の顔を見て誘おうと思ったけど、買い物するなーとは言えない。そこまで私は面倒な女ではないから。

「そっか」

 だから、納得して。

「なら、一緒に行こうかな」
「なんで?」

 律の疑問に微笑みで応える。

「佐藤くんと一緒にいたいから」

 心配だから。
 本音を言葉の音で滲ませると、律が首筋を撫でた。バツの悪そうな反応で、ちょっと笑う。そんな顔をしていた理由は……今度あのクラスメイトから訊き出せばいいか。
 ――律にこんな顔をさせた罪を贖ってもらいつつ、ね?

  ◆ ◆ ◆

 スーパーで灰野がカートを引いてくる。

「はいどうぞー」
「俺は赤子じゃないのよ」

 乗るよう促されても、カートのチャイルドシートに座れるわけがない。

「なら、私が座ろうかな」
「座れたとして、俺は引きたくないんだけど? そんな炎上真っしぐらカート」
「でも、誰にも迷惑かけないなら、カートの上に乗って走りたいと思わない?」
「……楽しそー」

 俺にも高校生らしいヤンチャな感性が残っていたらしい。これを肥大化させると、SNSで自己顕示欲を満たし、学校や社会を巻き込んで本能寺するんだろうなーと思う。

「なに作るの?」
「さんまの塩焼きと、炊き込みご飯。あとは、安い食材あったら適当にメニュー考えて買う感じかな。買い溜めしたいし」
「……買い物って、適当にできるんだ」

 灰野がびっくりしてる。

「プロって感じだね」
「なんの」
「んー、主夫?」
「どんだけ俺を家庭に押し込めたいんだよ」

 前にも主夫っぽいって話をしたな。そんな家庭的か、俺は。

「いいと思うなー。ほら、最近は男女平等だし。夫が家庭に入って、妻は働きに出るっていうのも令和らしいと思わない?」
「価格高騰で金がないから共働きの方が令和らしいだろ」
「夢がないよ佐藤くん、専業主夫を目指そう?」
「……なんか、閉じ込めようとしてない?」
「…………」
「こっち見ろ?」

 目を逸らすな。
 追いかけても、つつつーっと逃げていく。カートの周りをぐるぐる。スーパーの中だから加減はしたのだけど、そのうえで本気で追いかけた。なのに、灰野は蝶のようにひらりとスカートを翻して、軽やかに逃げていく。

「あ、さんまあったよ」
「こっどもー」

 自由すぎる。
 たーっと青いシートで覆われた箱に駆けていく。

 無邪気で、活力に溢れていて、怠惰じゃなく、眠そうでもない。
 学校のでも、ネカフェのでもない灰野。
 出会ってからそこそこ経つはずなのに、まだこうした新しい面が出てくる。

 知ったようで、知らないままで。
 人との関係とはそうした既知と未知との繰り返しなのかもしれない。

「訊かないしな」

 ただ、それはいつもで。
 だから灰野とは一緒にいられるんだろうと思う。

「どれでもいい?」

 トングをかしゃかしゃしてる。楽しそうね。

「新鮮なの選んで」
「どれ?」
「目が濁ってないとか」
「なるほど、目が佐藤くんっぽくないと」
「死んでるって?」

 じとっと見ると、「うそうそ」と灰野は笑う。

「さんまかー、いいね」
「灰野んちでは食べないの?」
「……食べるよ、アヒージョとか、パスタとか」

 最初に焼きが出てこない辺りで察する。
 灰野の家って日本じゃなかったりするのだろうか。時折話に出てくる料理がグラタンパスタパエリア。

「地中海に住んでんの?」
「イタリア、スペイン、フランス……家族旅行は海外かなぁ」

 遠い目をしている。
 虚ろで、悟っていてなにも言えなくなる。相変わらず大変だな。

「その分、日本旅行は家族で行かないから、楽しみだね」

 その笑顔は朗らかで、本心からなんだろう。
 ……トングでさんまを掴んでなければもっとよかった。

「2匹でいい?」
「うん、あ、や」

 指のハサミをチョキチョキして灰野が待っている。

「食べたいなら、金曜日に焼いて持ってくけど」

 前にもそうめん持っていったし。
 ネカフェで焼き魚を食べるとかどうなのとは思うけど。

 でも、反応は劇的で。

「――うんっ、食べる!」

 琥珀の瞳をキラキラ輝かせて、灰野は大きく頷いた。

「絶対だからね?」
「念を押さなくていいから」
「約束しよう、小指出して」
「どんだけ食べたいんだよ」

 呆れている間に、小指を絡められる。

「ゆーびきりげんまん嘘吐うそついたら――監視カメラで24時間佐藤くんを監視するぅー」
「切りたくない切りたくない指切りたくない」

 ガチっぽくて怖すぎる。

「ゆーびきったー」

 切られたし。

「…………破ってもいいよ?」
「罰を目的にしないで?」

 人はそれを本末転倒と呼ぶ。