第3話 告白の返事

「……好きです」
「かもな」

 言い訳のように好意を重ねてくるアイシアに、俺は矛盾するように肯定する。でも、それは俺の中で相反するものではなくて、きっとアイシアも理解しているはずだ。
 ぐっと喉を伸ばして、込み上げてくるものに耐えるようにしている。

「でも、それは異性としてじゃないだろ」

 ぽたりと、アイシアの瞳から溶けた雫が俺の頬に落ちる。それはきっと俺の言葉の証明で、やっぱり間違ってはいなかったんだと思わせる。

「わた、……ボクは、違くて……わからなくて」

 アイシアの言葉が惑う。
 自分でも気持ちの整理がついていないのか、それとも正しかった俺の言葉に動揺しているのか。俺の胸に両手を置いて、ぎゅっと掴む。その際、爪が肌を掠めて傷つけていったが、あまり気にはならなかった。

「……弟が生まれたんだ」

 アイシアは静かに唇を動かした。
 その目はどこか遠くを見るように焦点が安定せず、ぼんやりとしている。

「ボクは“スノーティア公爵家のアイシア”しか知らない。この線に沿って歩けって言われたから、その上を歩いていたのに……急に消されたんだ。好きにしていい……って」

 意識を失うようにアイシアの首ががくんっと落ちた。
 項垂れるように下を向いて、暗がりの中に彼女の影がかかる。誰にも見えない暗闇の中で、素顔になったアイシアはぼろぼろととめどなく涙を零し続けていた。

「……好きになってなに? わかんないわかんないわかんない……っ! まるで優しさみたいに語って、そんな風にされたら嫌だなんて言えない! わかりましたって頷いて、女性らしくしてみても、ずっと変なんだよ……だって、ボクの普通は跡継ぎとしてのアイシアだ。それ以外の在り方なんて知らない――なんで、いまさら、私は……」

 感情が涙になってあふれているみたいだった。
 俺の頬に辺り、目元に落ちてまるで俺も一緒になって泣いているみたい。

「……わかってる、これは恋じゃない」

 泣き顔を無理やり笑みに変えても、それは酷く歪だった。

「ただの依存。知ってる。最初から。でも、ルシアンはボクを見てくれた。男でも女でも“アイシア”を、私も知らないボクを君だけが知ってくれているんだ。……ルシアンの中にしか、ボクはいないんだ」

 甘えるように、媚びるようにアイシアが胸を寄せてくる。俺の胸板に押しつけるように強く、弱く。

「わかっていても――ボクはあなたが好き。だって、そうじゃないと……生きていらない」

 ふっ、と蝋燭の火を消すようにアイシアの目から光が消えた。
 その瞳は笑っているのに、空っぽに見えてしまうのは狂気染みているからか。

 まるで脅しだな。
 いや、正しく脅しなんだろう。好きだと、そうじゃないと生きられないというのは、つまるところ、俺が断れば死ぬと言っているようなものだ。

 自殺するかしないかはわからない。でも、いまのアイシアを見ていると、そうしてもおかしくないな、と思えてならない。かといって、この場をやり過ごすためだけに好意を返せば、きっとその後は底なし沼に沈むように取り返しがつかなくなる。そんな確信があった。

 アイシアの告白を受け入れた先が不幸だとは思わない。
 この屋敷で過ごしていたようにダダ甘にひたすら甘やかされて、なにをしても許されるんだろう。それは怠惰で、けれど天国のように満たされた生き方かもしれない。

「好きにすれば」

 死んでほしくないから。
 俺の胸に顔を埋めていたアイシアは微かに頭を持ち上げて、安堵したように頬を緩ませた。
 受け入れて貰えた――そんな感情が見て取れたけど、

「俺も好きにさせてもらうから」

 アイシアが凍りつく。
 だって、別に肯定したわけじゃない。だって、勝手にしろと突き放しただけ。

「好きも嫌いも依存も……全部アイシアが好き勝手していい。けど、それに応えるかどうかは俺が決める。俺がいるから生きられるっていうなら、傍にいていい」

 好意を返さない。
 ただ俺がするのは自由に振る舞っていいという許可を出すだけだ。

「俺はアイシアに生きててほしい――けど、自分の自由を捨てる気はないんだ」

 籠の鳥のように。
 役割に閉じ込められるのはごめんだった。

 あ、とアイシアの声が小さく漏れる。
 上がった顔に、雲間から月の光が差し込んだ。暗かったアイシアの瞳に、明かりが灯ったような、そんな風に見えた。

「……好きでいて、いいの?」
「いいよ」
「きっと、恋じゃないんだよ?」
「そうかも」
「…………あなたに寄りかかってしまう」
「女の子ひとり寄りかかった程度で倒れないから」
「私は……嫉妬深いから、また迷惑をかけてしまいます」
「自分優先でいいだろ。俺もそうしてる」

 まずは自分。そのあと、他人。
 それくらいの優先度が一番いいし、たぶん、そうしないと人間ってのは生きられないんだと思う。家族を優先して、自分らしい生き方すら知らないアイシアを見ていると、そう思った。

「でも、俺も自分優先だから。好きにする」

 好きにして、好きにされて。
 たとえ、相手に迷惑をかけたっていい。人間関係って、そういうものだ。

「…………本当に、残酷な人」

 アイシアが泣いて、微笑む。
 震える声は切なそうで、どこか不器用だったけれど、いままで一番素直な笑顔に見えて。
 月夜の花は綺麗だった。