第4話 王女様に公爵令嬢との同衾を目撃される
「――すまない」
入ってきて早々、スノーティア公爵に頭を下げられてぎょっとする。
鎖に繋がれているとはいえ、ベッドの上で公爵家当主の相手をするわけにはいかない。だから、椅子を勧めたのだけど、その直後の出来事だった。
「君を閉じ込めてしまった。本当に申し訳ない」
「や……はぁ、まぁ、それはその通りなんですが」
冷や汗が止まらない。
公爵家の当主って、こんな簡単に頭を下げるものだったっけ?
やられていることは問題ではあるが、かといってこうも簡単に謝罪をするとは思っていなかった。陛下といい、イリスといった王女といい、意外と庶民的というか、不敬死ねみたいな横柄さがなかった。俺が上位の貴族に偏見持ってるだけかもしれないけど。
「いえ、その……アイシア、嬢がしていることですので、当主自ら頭を下げていただかなくても」
むしろ、やられるとこっちが恐縮する。
「しかし、この行為を私も黙認している。君を無理やり巻き込んでおきながら、非を認めないわけにはいかない。そこに身分は関係のないことだ」
「そ、そうですか」
申し訳なさそうにしながらも、その顔に迷いはない。これ、と決めたら意思を通そうとするというのは、なんとも当主らしいと感じるも、それはそれとして良識的すぎる気もする。
まぁ、でもそりゃそうか。
「アイシア嬢の行動を把握してはいるですね」
「屋敷内のことだ。把握はしている」
わかってはいたことだけど、やっぱり公爵家ぐるみか。
「一応、犯罪だってことは理解されいます?」
「無論だ」
神妙に頷かれた。
公爵家だから許される……なんてことはもちろんなく、たとえ俺が平民だったとしても誘拐は犯罪だ。刑罰の重さは変わってくるかもしれないが、一応、表向きは許されることじゃない。
露見すれば大事だし、イリスとルーナリアが一緒にいた以上、その可能性は低くない。
アイシアだけなら、まぁ感情に突き動かされたから、という理由で納得できる。したくないけど、個人の考えだから、そういうこともあるかなって。
ただ、そこに公爵家として関わってくるとなると、どうにもリスクとリターンが見合っていないように思えてならない。
「どうして加担しているのですか?」
普通はしない。
選民意識の強い貴族ならそれもありえたが、こうして話しているとスノーティア公爵は理知的で、良識も持ち合わせている。
「娘に甘いから……っていうわけでもありませんよね? そうなると、私を誘拐することでなにかしらの利益が得られると考えるのでしょうけど、ねぇ?」
貴族だけど、言うて子爵家だ。それも、跡継ぎでもない三男だ。……その辺りは、イリスが絡んできて将来的にどうなるかはわからなくなってきたけど、世間的にはそうなっているし、そう見えるはずだ。
一応、この国の第三王女が婚約を申し込んでいる、という付加価値があるけど、そこにスノーティア公爵が絡む意図が見えない。むしろ、アイシアの婚約といい、この状況といい、受け取り方によっては王族に喧嘩を売っているようなものだ。
「まさか、王族と争いたいわけじゃないですよね?」
「……違う」
重苦しく否定しているが、その顔は険しい。
「が、そう思われても仕方ないことをしているのはわかっている。イリス王女殿下も、似たようなことを仰っていた」
「話したんですね」
「絶対に君と一緒に帰ると言っている」
てことは、まだ残っているのか。
急にいなくなって、はいそうですか、と笑顔で帰る質でもないか。むしろ、公爵相手だろうと真正面から喧嘩を売りそうだ。できれば穏便に済ませてほしいんだけど、難しいかな、と繋がれた鎖を指先で触れる。
「君にも、王女殿下にもすまないと思っている。ただ、それでも私は……アイシアを優先しなくてはならない」
その表情には娘に甘いという色はなく、強い悔恨のような苦々しいものがあった。
小刻みに震える肩。戦慄く唇を噛んで押さえる。
「……私は、あの子が生まれたときから不自由を強いてきた。女の身でありながら、男として生きる。それがどれだけ辛い生き方なのか、想像はできても理解はできない。公爵家に生まれた者として、それは務めだ。しかし、それが必要なくなったなら、私はこれまで辛かった分、自由に生きてほしかった」
切々たる思いを、その語り口から感じた。
厳しく諌めているのは伝わってくるが、それでも震える声は止められていない。涙を流していないのが、公爵としての最後の矜持のような気がしてならない。
「けれど、女として生きていいとアイシアに伝えて……あの子は人形のようになってしまった。言われたことは熟す。けれど、それ以上のことはしない。できない。生き方を知らなかったんだ。公爵家の跡継ぎ以外の。私が……教えていなかったんだ」
顔を上げた公爵に名を呼ばれる。
その青い瞳には強い意思が宿っているが、同時に縋るような弱さもあった。
「君に会ってから、アイシアは年頃の娘らしい振る舞いを見せるようになった。自分の意思を示せるようになった。だから――」
――どうか、許してほしい。
と、俺の手を両手で強く握り、どうか、どうか、と固く懇願してくる。
公爵家らしい、厳格な貴族だと思っていた。
けど、いまのこの人はどこにでもいる父親で、力は強いのに震える手から感じるのは情けなくすらある弱々しさだった。
◇ ◇ ◇
――いまでも私は、女として生きていいとアイシアに告げた日のことを夢に見る。
それはきっと悪夢であり、罪悪感からくる自罰的な許し求める行為なんだろう。
『……なにをしたらいいか、教えてほしい』
喜ぶと思っていた。
これまでの苦労に報いて、好きにしていいと、そう伝えたのだから。
けれど、そこにあったのは絶望したように、感情が抜け落ちた娘の顔で――……あぁ、私は間違えていたんだと、そう自覚させるには十分だった。
◆ ◆ ◆
「許してほしい、ね」
あれからすぐ、入れ違いでアイシアが戻ってきた。
だから、俺からスノーティア公爵に尋ねる時間的猶予はなかった。こうして、アイシアが床に着くまで考えることすらできず、いまようやく暗がりの中で思い出していた。
「……いったい、誰に謝ったんだか」
俺を見ているようで、その実、公爵の氷の瞳には違うものが映っていた気がした。開放してほしいって言えなかった、という後悔もあるけど、たぶんあの様子じゃ言っても結果は同じだったなとも思う。
「――ひとまず、心配したあたしに謝ったら?」
「――――」
悲鳴を上げなかったのは称賛ものだった。
咄嗟に両手で口を塞ぎ、頬が膨らむまで出かかったそれをどうにか飲み込む。ふはっ、と息を吐き出して、暗闇の中で急に生えてきたイリスに不満をぶつける。
「び……っくしたぁ。もうちょい、なんかこう事前連絡というか、これから行くけどいい? みたいな先触れはできなかったん?」
「うん無理」
「もうちょっと頑張って」
諦め早いよ。
眠気も吹き飛んでしまった。でも、久しぶりの軽妙なやり取りにちょっと嬉しくなっている自分もいる。最近は、べったりなアイシアにたじたじだったし、公爵に至ってはシリアスにしてきたからな。こっちまで気分が重くなる。
こういう軽い感じを俺は求めていた……んだけど、イリスはそうでもないらしい。
「なにその顔?」
せっかく数日ぶりの顔合わせだというのに、目端口端がこれでもかって下げて、その表情は侮蔑に満ち満ちていた。感動の再会のはずなんだけど、どして?
「……いいご身分ね?」
暗がりでもわかる黒い瞳は俺――を通り過ぎて、すぐ横に落ちていて。
そこではアイシアが俺の腕を抱きしめて、寄り添うように眠っていた。その表情はどこまでも穏やかで、端的に言えば同衾という奴だった。確かに、いいご身分だった。