第8話 王都で家探し

 王都で家を買う。
 そう言われたところでどうすればいいのか。そもそも、簡単に買えるような代物じゃないはずなんだけど、「陛下に言えばいい」で片付くんだから、王女様は強すぎる。

「どういう家がいい?」
「どうって言われても」

 王都に向かう馬車内で、改めてイリスにそんなことを訊かれる。どういうと言われても正直あんまりイメージが湧かなかった。

「というか、一応うちにも王都にタウンハウスがあるんだけど、そこじゃダメなの?」
「……嫌」

 僅かな沈黙のあと、イリスは渋るように声を出した。

「誰にも干渉されない家が欲しい」
「さよで」

 学園に通うための家がほしいというよりは、子どもが一人部屋を欲しがる感覚に近いのかもしれない。貴族だとそれが部屋ではなく家になるのは、なんとも豪勢な話だ。王女様である限り、一切干渉されないというのは難しいだろうけど、彼女の中でなにかしらの線引が欲しいといったところか。

 そこに俺がいる、というのは城を出る条件として呑んでいるんだろう。車窓から見えてきた王都。どんな家がいいのか頭の中で想像してみる。

「狭くていいから、静かに寝れる場所がいいかな」
「それ」

 人差し指で差してきて、力強く同意された。

  ◆ ◆ ◆

 王都だけあって、どこもかしこも人だかりだ。うちの領地も人口はそれなりだけど、さすがに王都と比べられるはずもない。お祭りのように露店が並ぶ道沿いについ目がいってしまう。

「気になんの?」
「田舎者だから」
「やーい」
「……煽る必要あった?」

 楽しそうに笑っているので、本人的にはあったんだろうけど。

「王都なんて早々来れないからな、そりゃ興味もある」
「お見合いのとき来たじゃん」
「落ち着いて観光できるわけないだろ」
「なんで?」

 本当にわかってないのか、イリスは小首を傾げている。そりゃ、イリスにとってはお見合いは日常的なものだったろうけど、俺なんかからすると急に差し込まれた面倒なイベントだ。それも、相手が王女殿下とあっては、王都に来たから観光じゃー! と、楽しみに全振りできるわけがない。
 婚約の確認に来たときは言わずもがなだ。

「じゃ、家決まったら見に行こ」
「そんな余裕ある?」

 王都に着いた時点で、太陽は陽が傾き始めていた。暮れるまでまだ時間はあるけど、見て回るほど余裕があるとは思えなかった。そんな俺の懸念を「へいきへいき」とイリスは軽く吹き飛ばす。

「こうシュバっと決めて、シュバっと住めば」
「……今日から住まないからな?」
「え」

 そんなバカなって顔をされた。
 学園に通うための家を探しに来たんだっつーの。入学はまだ先です。

  ◆ ◆ ◆

「お待ちしておりましたー!」

 城門に着くと、そこでは軽やかなドレスに身を包んだ、見るからにテンションの高い女性が待ち構えていた。女性では珍しい眼鏡をかけていて、ツルの部分をスチャっと持ち上げている。
 営業的な笑顔もだけど、溢れ出る陽の気が凄まじい。見るからに陰よりのイリスが『こいつか』と言わんばかりに不快そうに目を細めて、俺の背中に隠れてしまった。

「あらあら、イリス様はどうされたのでしょうか? 体調が悪いのでしたら、どこかでお休みになられますか?」
「うー」
「唸るな唸るな」

 猫みたいに警戒している。人付き合い苦手そうとは思っていたけど、こういう態度に出る相手がいるとは思わなかった。よっぽど相性が悪いらしい。まぁ、見るからにって感じだもんなー。

「気にしないでください。長旅で猫ちゃんになってるだけなので」
「どんな大冒険を繰り広げてきたんですか?」
「そりゃもう王家の馬車で快適遊覧旅です」
「まぁ素敵!」

 手を合わせてにっこにこ。
 本心からなのか、営業的なそれか。こういう笑顔で接してくる人って、内心が読めないから苦手だった。でも、貴族ってこういうものだよね、とも思う。

「申し遅れました。わたくし、今回案内を務めさせていただきますカリンと申します。陛下の命により、イリス様並びにルシアン様のご新居を探す手伝いをするよう申しつかりました」
「これはご丁寧に」

 優雅な一礼に、俺もぺこりと会釈する。
 相変わらず全身で警戒していて、俺の背中から出てこようとしない。

「そんなダメ?」
「目が潰れる」

 生きづらそうな性格してるよな、この子。

  ◆ ◆ ◆

「こちらなんていかがでしょうか? 以前、とある大商人がありあまる資産を費やして建てた邸宅となります。そのせいで商会が傾いてしまいぽっくり逝ってしまわれて空き家になっております。王女殿下夫妻が住むのに適していると自負しておりますわ!」
「でかい」

 あと、目が痛い。
 贅を凝らしただけあって、見ただけで豪邸なのはわかる。やたらデカい庭、全容すら見えない屋敷……というか、もうほぼ城だな。狭い王都でよくもまぁこれだけのものを建てられたものだ。いまは亡き元家主は、よっぽど富んでいたらしい。
 ただ、これに住みたいかというと、まったくそんな気が起きないから不思議だ。

 俺の袖を掴んでついてきていたイリスも、見るからに渋い顔をしている。

「下品」
「だよねー」

 金ばっかり。
 外壁から柱まで、見える部分のほとんどが金だった。さすがに金箔だと思うけれど、これだけの屋敷を金にしようとしたら、どれだけ財産があっても足りないだろう。そりゃ商会も潰れるわ。

 手を組んで瞳をキラキラさせてカリンさんが「どうでしょう?」と詰め寄ってくる。

「築年数は古めですが、これだけの王都内でこれだけの豪邸は他にございません! 王女殿下夫妻が住む格としても、十分に備わっているかと」
「他にあったら怖いわ」

 あと、夫妻ではない。

「普段から衛兵も常駐しており、安全面もバッチリですよ! 陛下からもおすすめされております」
「本命はそっちか」

 王都とはいえ、危険がないわけじゃない。陛下からすれば、安全面を考慮するのは当然だろう。見るからに金目の物がごろごろしている屋敷だ。空き家とは国が保有してるなら、普段から警備も厳重だろうし、娘を心配する父親としても安心できるはずだ。
 ……娘の要望と噛み合っているかはともかく。

 これで決定ですよね? ね? と、承諾を引き出そうとしてくるカリンさんに背中を向けて振り返る。久方ぶりに正面から見たイリスの顔は、王女がしちゃダメだろっていうしかめっ面で、訊かなくても答えなんてわかりきっているが、一応訊いてみる。

「どう?」
「あると思ってんの?」

 ないと思ってる。

  ◆ ◆ ◆

『本当にここでいいんですか~?』

 と、やけに不満そうだったカリンさんはともかく、今日はやっとこさ決まった家に泊まることになった。住み始めるわけじゃないが、宿代わりだ。
 貴族の住居が集まっている高級住宅地区。そこにあるこじんまりとした……というほどでもないが、他と比較すれば小さな2階立ての屋敷を選んだ。

 もっとお高いとこがありますのにー、とカリンさんはぶすくれていたが、別に豪邸に住みたいわけじゃない。というか、単純に豪邸が好きなだけだな? あの人。
 イリスは渋ったが、『これは陛下からの最低条件です』と、メイドと衛兵が常駐している。それは貴族なら当然の処置なので、俺はそんなもんだろうと受け入れているが、イリスはそれすらも排除したかったらしい。

 そのうち排除してやると息巻いているけど、結局この家も国から都合してもらったんだから、その要望が通ることはないだろう。

「疲れたー」
「よし、街に繰り出そう」
「行かない行かない」

 ようやく広間で腰を落ち着かせられたのに、イリスが出かけようと誘ってくる。外はもう夕方。茜の光が室内にも入り込んできて、まもなく夜になるのを教えてくれた。

 備え付けの椅子に深く腰掛け、手を横に振る。

「明日にしよう。というか、夜でやってる店なんて限られてるでしょ」
「むしろ、夜から本番でしょ」
「歓楽街でも行きたいのか?」

 ちょいちょいイリスが王女ってのを忘れそうになる。破天荒すぎやしないか、この王女。夜でもやってる劇場はあるし、絶対にらしくないとするわけじゃないけど。

「ちなみに、どこか行きたいとかあるの?」
「え、娼館」
「奔放すぎだろ」

 冗談を言っている風じゃないのが、また怖い。
 興味本位かなんなのか知らないけど、そんなところに王女様を連れていったらそれこそ縛り首になりそうだ。というか、婚約者にしようとしている相手に向かってよく言えたな。新手の変態プレイか?

「行き先は明日に決めるとして」
「娼館は行くけど」
「……その話は明日に寝かせて」

 そのまま忘れ去ってくれるとなおいい。
 椅子に根が張っていたお尻をどうにか持ち上げて、よっこせと立ち上がる。

「飯にするか」
「メイド呼ぶ?」
「いやー、今日は俺が作るわ」

 カリンさんが材料を置いていってくれたし、適当にやってしまおう。のっそり厨房に向かおうとしたのだけど、視線を感じてそちらを向く。イリスが呆然した顔をしていた。

「なに?」
「料理……できるの?」
「できますが? 驚くところ、そこ?」

 尋ね返したら、いとけない仕草で頷かれてしまった。
 貴族の、それも男が料理するっていうのは確かに珍しいんだろうけど、そんなに驚くことだろうか。兄上2人も肉を焼くくらいはする。

「期待して待ってなさい」
「ちょー不安」

 絶望的な信頼のなさだった。