第14話 恋とはきっと共感だ

「はい」

 と、なんでもない風に指輪を渡される。
 今日は歩いて帰りたいというので、馬車には先に帰ってもらって、その道すがらだった。

「……どーも」

 感慨も雰囲気もあったもんじゃない。
 そういうのは求めていないけど、だからといってこれはどうなんだ? と、思うのが複雑な男心だ。というか、俺が金出したんだけどね? いや、実家に請求書を送ったから、正確には俺じゃないけど。

 手のひらに乗せられた指輪。
 台座の上には黒い宝石が乗っていた。
 顔まで掲げてイリスの瞳と並べると、その色合いはとても似ていた。夜のように深く、でも微かな煌めきがある。

「婚約指輪らしいっちゃらしいか」
「でしょ?」

 イリスも自分の指輪を掲げる。
 そっちは透明に近い銀色で、俺の瞳に近かった。

 自分の瞳の色を相手に贈る。
 この国ではわかりやすい求愛行動で、婚約指輪としてはありきたりなものだった。古い習わしみたいなもので、流行を追い続ける令嬢たちには不評かなと思ったりもしたけど、実際、人気なんだから女心は山の天気みたいなもんだ。

 けど、それが黒いのは初めて見たけど。

 降り注ぐ夕日にかざして……なんとなく、そのままポケットに入れた。
 すると、またたにイリスの目が細く、鋭くなっていく。

「指にはめろ」
「なんか嫌」
「なんでよ」

 なんでって。

「婚約する気ないから」

 本音だ。婚約はしたくなかった。
 それが伝わったのか、イリスはやや傷ついた顔をする。別に、そういう顔をさせたいわけじゃないんだけど。でも、婚約を断るということは、好意のあるなしに関わらず傷つけるってことだよな。

 イリスに嫌われるのは……嫌だなぁ。

 だから、言い訳みたいに、これまで恥ずかしくて王妃にしか言えなかった本心を口にする。

「そういう関係になるなら………………ちゃんと、恋をしたい」

 喉が乾いて、痛いのに。
 肌だけは焼けるように熱く、濡れていた。

  ◇ ◇ ◇

 ――ちゃんと恋をしたい。
 あぁ…………と、強い共感があたしの心に満ちた。響いて、ベルみたいに体が震える。

 言いたいことがわかる。
 でも、それは言葉通りの意味じゃない。そこに隠れた、本当の意味が読み取れる。きっといまだから。これが、お見合いのときに言われたことなら、言葉のまま受け取っていたと思う。
 でも、半年にも満たない短いあいだでも、ずっと一緒にいたから。暮らしていたから、わかるんだ。

 ――特別でありたい。

 ただ、それだけ。
 子爵の三男じゃない。ただのスペアでもない。
 第三王女じゃない。黒髪黒目の傾国の魔女の生まれ変わりでもない。

 役割じゃなくて。
 誰かにとって必要な人でありたい。特別になりたいんだ。
 それはきっと普通のことで……でも、あたしたちには望むのも烏滸がましいような縁遠いものだった。

 けど、と期待する。胸が熱くなる。
 誰もが黒髪黒目を見て目を逸らすのに。
 わずかな嫌悪も見せないで、ただお見合いが面倒だという当たり前の感情だけを抱いていたルシアン相手なら――。

 ――普通な恋を願っても、いいのかもしれない。

  ◆ ◆ ◆

「…………それは持ってて」

 長い沈黙のあとに、イリスは言った。

「つけなくていいから、でも必要になったら……つけて?」

 嬉しさを噛み締めるような、そんな微笑みになにも言えなくなる。
 必要になるときなんて来ない。来させたくない。

「婚約は嫌って言ったろ? なんでそんなに」
「ルシアン」

 呼ばれて、伏せていた瞼を上げると、イリスが1歩、2歩と距離を詰めてきた。
 まばたきする俺に、イリスは首を傾ける。さらり、と動きに合わせて黒髪が流れた。

「……髪に触って」

 なんで。
 不思議に思いつつ、断る理由もないから指先で彼女の目にかかった前髪を払うように触れて――だからだよ、とイリスは夕陽に溶けるように、にへぇっと笑った。