第1章

第1話 不機嫌ダウナーな第三王女様とのお見合い

「今度、第三王女殿下と見合いをしなさい」

 屋敷の執務室に呼び出されたかと思えば、急に父がボケたことを言い出す。俺はやれやれと肩を竦めて、とびきり優しく微笑んでみせる。

「お疲れなんですよ。今日はもう休みましょう? ね?」
「ボケてない」
「白髪もすっかり増えて」
「銀髪だ」

 父上のこめかみに青筋が浮かぶ。
 適当に訊かなかったことにしようと話を逸らそうとしたけど、これ以上やると明け方まで説教コースだ。

 すでに陽は暮れて、室内は蝋燭の明かりで照らされている。眠気もあって、早々に話を切り上げたかった。

「ともかく、出ろ。これは決定事項だ」

 断れない筋からの申し出だろうか。どうすれば、それが俺になるのかはわからないが、逃げ出せる雰囲気ではなかった。
 しょうがないか。

「いいですけど……いつですか?」
「明日の昼だ」
「なんでいま言った?」

 夜なんだが?
 もはや一日も猶予はなく、心の準備もできようもなかった。

「もっと余力あったでしょう? なんで前日の夜? え、早馬でいま来たとかじゃないですよね?」
「知らせがあったのは3ヶ月以上前だ」
「だからなんでいま?」

 言う時間なかったとかじゃない。言う時間しかなかった。それがどうして直前も直前になったのか。

「執務机に仕舞い込んでいたとかじゃないですよね?」
「お前と一緒にするな」
「俺だってしませんよ、そんなこと」
「嫌がるだろ?」

 言葉に詰まる。

「……まぁ、そうですけど」
「逃げ出さないとは思うが、毎日文句を言われるのも面倒だ。だからいまだ」
「俺のことをよく理解してくださって感謝の極みです」
「父だからな」
「皮肉です」
「気が合うな」

 あっはっは……クソすぎる。親の顔が見てみたい。なんて言ったら、堅物を絵に描いたような祖父を連れて来られそうなので、絶対に言わないけど。

  ◆ ◆ ◆

 お見合いの準備はすっかり整っていた。

「なにからなにまで用意のいいことでちくしょー」

 礼服も新調していて、ぐっと絞められたたいが息苦しい。見合いの会場は王族御用達のレストランだ。
 そこの控室で鏡に向かって顔を顰めていると、父が部屋に入ってきた。上から下まで一瞥してきて、納得したように頷いた。

「着られてるが、まぁ及第点だろう」
「お褒めの言葉どうもありがとうございますっ」
「褒めるな、照れる」

 この親にどうやったら皮肉だと伝えられるんだろうか。立ち会うつもりなのか、父上もしっかりと礼服に身を包んでいる。
 足でも踏んでやろうと思ったが、すっと引っ込められて空振った。危機回避能力が高い。

「そう拗ねるな。今日の見合いはどうせ数合わせだ。気負わなくていい。失礼のないよう受け答えをすれば終わる」

 見合い前の景気づけなのか、父上が卓に置かれていたワインを飲み始める。
 ぐちぐち泣き言を言う息子に構う気はないということか。

「……まぁ、いいですけど」

 王女相手だ。
 適当にというわけにはいかないが、形式的なものと思えばやる気は出ずとも、貴族としての務めだとは思える。

「美味いな、これ」
「……」

 なにやら普通に楽しみだした父上からグラスを奪い、ワインを呷る。本当に美味いのが腹立たしかった。

  ◆ ◆ ◆

 お見合いの部屋に着くと、すでに相手方は待っていた。始まる時間より随分前に入ったはずなのだが、まさか待たせているとは思わなかった。しかも、王女相手に。

 第一印象から最悪では?

 父上に目配せすると、わかっているとばかりにぽんっと肩を叩かれた。

「どうやら両陛下はご不在のようだ。それなら、今日のところは若者だけがいいだろう。王女殿下に失礼のないようにしなさい」

 おいこら。
 待てと睨んでも、父上はうんうんっと頷いて部屋を後にした。あんのクソ親父。酒だけ飲んで帰りやがった。しかも、入口で取って返すとか最悪すぎる。ワインのコルクを誤飲して窒息してくれないだろうか。

 とめどなく文句が浮かんでは消える。
 でも、いつまでも胸中で呪っているわけにもいかなかった。部屋に残されたのは俺と王女殿下。そして、お付きのメイドが1人。

 陛下や王妃がいないのは心労的には助かるが、かといってほとんど王女と2人きりなのは勘弁してほしかった。これなら、クソな酔っ払いでも父上が残っていてほしかった。だいたい、なんで相手方のお付きが1人なんだよ。もっと大勢連れて来いよほんと。

 表は笑顔で、胸中では深く嘆息をして、王女殿下がいるテーブルの椅子に座る。

「遅れて申し訳ございません。わたくし、マグノリア子爵家のルシアンと申します。どうかお見知り置きを、王女殿下」
「うん、よろしく」

 ……軽っ。
 平民の挨拶かってくらい軽かった。秘匿された場とはいえ、お見合いは小さな社交場だ。一対一な分、失敗は目立つし、良い印象も悪い印象も残りやすい。
 これまで王女様と話したことなんてなかったが、これがいま風の王族なのだろうか。俺も合わせるべきか?

「よろしく、王女様」
「は?」
「……失礼しました」

 顔を上げた王女がなに言ってんのとばかりにガン見してくる。そうだよね、違うよね。こっちの真意を問うような深い黒の瞳が恐ろしい。
 待たせた上に、この失態。俺は今日無事に帰れるのだろうか。

 恐る恐る椅子に座って、身を縮こませる。
 なにやらそのまま見つめられて凄く気まずい。いたたまれない。緊張で握り込んだ服の裾が手汗でびっしょりだ。

「今日はお日柄もよく」
「あぁ、そういうのいいから」

 ひとまず会話だな、と定型文を口にしようとしたらズバッと切り捨てられた。なんかもうさっきから上手くいかない。

「今日のお見合いも陛下と王妃がいい加減結婚を考えなさいって、無理やり決めたことだから。これで何組目かわかんないくらいやったし、正直、名前も覚えたくない」
「そう、なんですか?」

 と、取り繕ってみるけど、それっぽい話は父上から聞いている。だから、この見合いも流れると思っているし、彼女の反応的にもそうなるんだろう。
 明らかにやる気ないし。

「だから、いいよ。適当で。あんたも堅苦しい喋り方しないで、好きにして。別に王女に対してーなんて、怒ったりしないから」
「あ、そう?」

 それは凄い助かる。
 さっきから首が絞まってるし、慣れない丁寧な話し方も堅苦しくてしょうがなかった。許可が出たならいいだろう。
 たいを緩めて、止めていたボタンもいくつか外す。

「……いいって言ったけど、ほんとに気を抜く奴初めて見た」
「え、嘘ダメだったん?」

 目を丸くして驚かれる。
 そして、その反応にこそ俺は逆に驚く。だって許可したじゃん。だから、やめたんだよ。なのに、実はダメだったなんて罠だろこれ。
 ガタガタ体が震えだす。と、ぷっと王女殿下が吹き出した。

「なにそれ。変な人」
「よかった、褒められた」
「いいよ、そういうことにしといてあげる」

 テーブルに肘をついて、笑われる。
 なんか入ってきたときはずっとむすっとしていたけど、思いのほか幼気に笑う。常日頃から不機嫌な顔をしているというわけでもないらしい。

「なんか食べる?」
「王女様は?」
「適当に果物かな」
「俺も一緒でいいや」
「そ」

 手を上げると、控えていたメイドがベルを鳴らした。すぐにウエイターが顔を出して、注文を受け付けて出ていった。

 ちょっと息を吐き出す。
 最初は王女殿下相手とあってやらかさないか心配していたけど、案外気さくな人でよかった。これが壮大な罠で、あとから無礼な態度を責められるなんてこともあるかもしれないけど、そのときはそのときだ。
 俺を置いていった父上が悪い。

「ところでさ、あたしの名前わかってる?」
「……すー」

 歯の隙間から息が抜ける。
 自分でもおいおいまさかと思うが、まさかだったなこれが。どうせ成立するわけもないからいっかー、と身上書にすら目を通していなかった。

 自国の王女の名前くらい覚えておけよと俺でも思うが、関わりが薄い人の名前って聞いても記憶から消えるんだよね。だから、社交界とか嫌いだし。
 ニヤニヤして明らかに面白がっている王女様に対して、俺は冷や汗だらだらだ。油断したところをぐさっと刺された気分だ。

「…………謝ったら、許してくれる?」
「だめー」

 許されないらしい。
 これは冗談抜きで父上に責任を取ってもらう必要が出てきたなと諦観していると、くすくすと鈴のような笑みを零して、可愛らしく微笑んだ。

「イリスよ。忘れないでね、ルシアン」

  ◆ ◆ ◆

 恙無く……と言っていいかは見方によって異なるだろうが、とにかく大きな問題もなく王女とのお見合いは終わらせられた。
 ふー、よかったよかった、と開放感に包まれて、そのあとは数日ですっかり忘れていた。

 思い出したのは、またもや父上に呼び出されたときだ。

「なにをした」
「父上秘蔵のワインを兄上たちと隠れて飲んだことですか?」
「ふざけんなよお前!」

 違うらしい。
 急いで棚を覗いて「本当にない!」と叫んでいる父上を尻目に、他になにかあったか? と思い出そうとするが、なにも思い当たらなかった。
 叱られるようなことはしてないはずだけど。

「……ひとまず、ワインについてはあとだ」
「俺は一杯です。兄上たちが沢山飲みました」
「飲んだ量で罪は計ってない!」

 今朝はやたら興奮している。
 なんか本気っぽいのだけど、心当たりは本当になかった。はて? と首を傾げていると、手紙が寄越された。

「なんです?」
「読めばわかる」

 むっつりした父上から話す気はないらしい。
 封筒の表を見る。割れた封蝋はどこの家紋だろうか。どっかで見覚えがある気はするんだけど……思い出せない。

 中身を見ればわかるかと手紙を開いて――なにこれ。

『あんたに決めたから、よろしく婚約者』

 これだけ。
 端的すぎて意図が汲み取れないんだけど。
 なんだなんだと、手紙をよく見てみたら、差出人のサインがあった。

 ――第三王女イリス・ナイトブルーム

 なるほど王女様。
 ははぁん、婚約。誰が? ……え、俺?