第5話 公爵令嬢は水着姿を褒めてほしい

「どうぞ」

 グラス内で透き通った紅茶が満たされている。グラスの中では綺麗にカットされた氷が積み重なり、陽の光を吸い込んで自ら輝いているように見えた。

 学園でもご馳走になったけど、紅茶を冷たくして飲むというのは珍しい。

「こっちでは一般的な飲み方だったりする?」
「どうでしょうか。紅茶は高級品で、輸入が増えて価格は下がっていますが、それでも領民の手の届く品ではありません」
「まぁ、そっか」

 納得しつつ、グラスに口をつける。冷たくて美味しい。
 こっちで過ごすようになって、街でも氷を見かけるから感覚が麻痺するが、そもそもとして氷も貴族が扱うような高級品だ。産地ゆえに気軽に扱っているけど、だからといって領民全員が貴族並に裕福というわけでもない。

 氷を入れて紅茶を飲む文化が広まるほど、普及はしていないか。

「わたしとしてはぜひ広めたいですが……過剰に毛嫌いする方もおりますので、難しいでしょうね」
「あー」

 苦笑するアイシアに納得しかない。
 紅茶関連は一家言を持つ貴族が多い。茶葉から淹れ方まで、本格的なモノしか認めない。俺からすれば美味しければなんでもいいと思うんだけど、紅茶一杯で家が取り潰しになった、なんて噂が流れるくらいには触れると面倒臭い。
 そんなこだわる人からすれば、冷やした紅茶なんて邪道もいいところだろう。

 周囲でそういう過剰な反応は聞かないから、気にしていなかった。イリスもその辺適当っぽいし。

「ルシアンに気に入っていただけているなら、それだけでわたしは嬉しいです」
「さよで」

 その喜ばれ方は反応に困る。特に“ルシアンに”ってところが。スノーティア公爵領に来てから何度耳にしたことやら。
 ニコニコとした笑顔からそろっと目を背けつつ、微妙な空気を紅茶で流し込む。頭が痛いのは、冷たい紅茶を飲んでいるからだろうか。

「ところで」

 と、話題を変えたのはなにを言おうか迷っていた俺じゃなくアイシアだった。ほっと胸を撫で下ろしたが、もじっと手を合わせたアイシアが心なしか頬を赤らめて上目遣いでこちらを見てくる。その期待して潤む青い瞳に、安堵は早かったなとたらりと汗を流す。

「わたしの水着は……いかがでしょうか?」

 あー……うん、そうね。
 イリスやアイシアにも求められたが、女性が着飾ったとき、男の甲斐性として褒め言葉のひとつやふたつは贈るべきなんだろう。あんまり得意じゃないけど、貴族男児の嗜みみたいなものだ。

「綺麗だよ」

 深い藍色の水着。
 腰に巻いたドレスのように揺れる薄衣が大人っぽい。肩を露出した青い水着は一見大胆だけど、胸元を隠すように重なった薄布がどこか上品さを感じさせた。

 年齢以上に大人びた魅力のあるアイシアには……うん、よく似合っている。

「本当……でしょうか?」
「? いや、本当だけど」

 嘘はない。
 けど、アイシアの視線はどこかうたぐるようで、別のなにかを求めているようだった。

 これ以上、どう褒めろと?
 綺麗のひと言だけいけなかったのか。でも、細部まで褒め出すと胸が大きくてセクシーだね、とか薄布から覗く真っ白な足にドキドキするよ、とか受け取り方にはよっては危険な発言をしてしまいそうだ。

「大人っぽくて素敵だね……とか?」
「そういうのではなく、その……」

 言いづらそうに、青い瞳が下に寄る。

「……照れたりとか、しませんか?」
「照れ」

 言われて、ぐいっと寄った谷間に目がいく。

「や、まぁ……するけど」

 見てほしいとか、そういうこと?
 そんなことで喜ぶたちじゃないと思うんだけど、開放的になって肌を晒したことでなにかに目覚めてしまったのか。許しがあっても女性の体をまじまじ見るのは恥ずかしい。

 視線を泳がせると、「……もういいです」とぷいっと顔を背けられてしまった。どうやら、失敗してしまったらしい。

「……女心は難しい」
「本当にね」
「うひゃいっ!?」

 いきなり首筋に氷が触れたような感触があって、変な声を上げてしまった。全身が震え上がる感覚に気持ち悪さを覚えつつ振り返ると、イリスがグラスを持って見ろしていた。

「なにしてんだよ」

 しかも、それ俺のだし。

「それはこっちの台詞」

 冷えたグラスが触れたであろう首筋を押さえながら恨めしげに睨むが、イリスは気にも留めず奪った紅茶を飲みだす。
 あー……俺のなのに。
 汗の伝う喉を何度か上下に動かして、グラスから口を離す。

「おいし」

 紅茶で濡れた唇をちろりと舌で舐め取る。
 グラスに残ったのは氷だけだというのに、「じゃ、返す」と押しつけてくる。なにこの子、傍若無人すぎない? 俺は氷でも舐めてろと言いたいのか。

 それはそれで美味しそうだなー、と思っていると、アイシアががたっと音を立てて席を立つ。

「お代わりを持ってくるね」

 遠慮もお礼を言う暇もなく、アイシアは離れていく。
 湖畔から見える小屋に足早に向かうアイシアに眉をひそめていると、イリスがふふんっと得意げに鼻を鳴らした。

「勝った」
「なににだよ」

 やっぱり、あんまり性格よくないよね、この王女様。

  ◆ ◆ ◆

 休憩してる、と。
 イリスに椅子を奪われた……というか、膝に乗ってきそうになったので、逃げるように席を離れた。

「水着はマズいだろ……いや、普段もよろしくないけど」

 いまさらながらにイリスとの距離感がおかしくなっているのを自覚する。もう少し健全な距離を保つべきだろうか? 男女の健全な距離とはなんなのか?
 うーん、と首を傾げる。

「手を繋ぐくらいは許されると思う?」
「??? 母娘ならいいのではないでしょうか……?」

 湖のほとりで小さく膝を抱えていたルーナリアは戸惑いを隠せないが、俺は気にせず持ってきたグラスを手渡す。