第12話 スペア扱いに納得いっていなかった

「ルシアンにそっくりだな」

 黙り込んでいたら、くくっと声を押し殺して笑う陛下が失礼なことを言い出した。いや、今日に限っては最初から失礼だったが、そのさらに上をいった。
 親の顔をグーで殴るような息子とそっくりぃ?

「どこがですか」
「心底嫌そうな顔がな。眉間のシワの寄せ方なんて特にだ」
「……失礼しました」

 マジか。
 そんなに顔に出ていただろうか。確かに不機嫌な顔をしているつもりだったが、陛下の前だ。これでも自制心はあるので、そこまで酷い顔をしているとは思っていなかった。

 親指で眉間に触れると、そこには深いシワがあって……マジか。
 その行動が余計にウケたのか、陛下はご機嫌に笑う。甚だ不本意ではあるが、陛下が気にされていないのならよかった。若い頃はともかく、いまはそこまでイケイケではないんだ。取り繕うくらいできなくてどうする。

 陛下は濃い葡萄酒をグラスの中で回しながら、一気に呷る。その口角はやけに吊り上がっていた。

「よほど腹に据えかねたらしいな」
「……それは、そうでしょうな」

 私のことじゃない。ルシアンのことだ。
 殴ったのはともかく、それほど怒った理由はわからなくもなかった。

 ルシアンは三男だ。それも末っ子。
 貴族の子どもというのは、後から生まれた者ほど立場が低くなる。それは、ルシアンも変わらず、上の兄2人になにかあったときのスペアとして扱われてきた。

 私がそう言い聞かせてきたし、そのように育ててきた。
 貴族の家に生まれた宿命だ。ルシアンもそのことは十分に理解している……はずだ。

「理解と納得は違うぞ」
「わかっておりますとも」
「そうか?」

 陛下はどこまでも楽しそうだ。というか、愉しんでないか? 性格悪いな。

「はぁ……スペア扱いに納得はいってなかったでしょうな」

 貴族の子どもなら当たり前ではあるのだが、ルシアンには誰かの代わりなんて嫌だというがあった。というか、普通に嫌と口にするし、顔にも出る。
 もう少し穏便というか、配慮した言い方はできないものか。感情のコントロールができないほど子どもでもなかろうに。

「だから、家を出るつもりだったんでしょう」
「ほう?」

 陛下の声がワントーン上がる。
 使用人は外させているので自身で新しい葡萄酒をグラスに注ぎながら、陛下は前のめりになる。

「それはなんだ。貴族をやめるということか?」
「……歯に衣着せぬ言い方をするのであれば。そういうことも考えているだろうと、まぁ予想ですが」

 十中八九間違いないだろうが。
 性格的にもスペア扱いのまま屋敷で大人しくしているたちじゃない。

「貴族の身分を捨てる覚悟とは……なかなか豪胆だな」
「考えなしな愚息です」
「それはそれでいいだろう。猪突猛進は若者の特権だ」

 迷惑を被るのはそれに付き合わされる親である私なんですが。
 実際、イリス王女殿下の婚約話を『嫌』の一言で断ったのも、この辺りの心情が関わっていると思っている。あいつ、迎合するの嫌いだし。つくづく貴族向きじゃない性格だ。

 上に立つという意味なら、逆に合っているのかもしれないが。
 楽しい肴で次々酒を開けては呷る陛下を窺う。

「ん? なんだ?」
「いいえ」

 上から下から圧力があって、潰れた私の口から出るのはため息ばかりだ。
 振り回されている私は不憫……と、世界で1番不幸みたいに嘆いてみるが、それはルシアンも同じなんだろう。

 ただの数合わせで王女とお見合いしたかと思えば、どういうわけか婚約者候補に上がって、はては跡継ぎ候補だ。
 振り回されている。そんな気がしたんだろう。
 私が同じ立場であればどうしただろうか?
 考えて……呑み込んだだろうな、と結論づける。腹立ちはしても、そうする。だから、私が跡を継いだ。

「これからどうなると思う?」

 どこまでも楽しげな陛下に、やはり私はため息しか出せなかった。

  ◆ ◆ ◆

「やっちまった……」

 ベッドの上で、俺は後悔に沈んでいた。
 父上を殴ったこと?
 や、そんなクソどうでもいい話じゃない。狸になった父上を面白いと思うことはあれど、後悔なんて欠片も抱かない。片目だけじゃ不格好なので、もう片方もやってやろうか? くらいには。

 ではなにを悔やんでいるかといえば――衝動的に、考えなしに手を出したことだった。