第2話 月夜の夜這い
気もそぞろに、部屋で過ごしていた。
日中のお世話はやってきた執事がして、不便なことはなかったが、頭の中には常にアイシアがいて悶々としていた。執事に訊いても『わかりかねます』と返答が来るだけ。
本当にわからないのか、それともわかった上で誤魔化しているのか。
それすらも判別できず、気づけば外は暗く、部屋の中を蝋燭の淡い光が照らしていた。
「……どうしようかなぁ」
なんて、悩んでみてもできることはない。繋がれた鎖が俺の行動を阻害している。なら、しょうがないか、と言い訳のように鎖を扱って、今日は寝てしまおうと蝋燭消しを蝋燭に被せる。煙がくゆり、かすかな蝋の匂いが鼻に残った。
明日また考えよう。
今日は来なかったけど、明日になったら顔を見せるかもしれない。うん、その方がいい。そうやって自分を納得させると、すぐに眠気が襲ってきた。ずっと気にかけていたから、頭が疲れているのかもしれない。
そのまま落ちるように眠りに落ちて――ギシッと軋む音と胴を押さえるような重みに目を開ける。
「……ルシアン様」
アイシアが俺の上に跨っていた。
メイド服を着崩して、するりと滑るようにアイシアの白い肩がさらけ出される。厚手の服の上からでも存在を主張していた起伏のある胸、その上はほとんど外気に晒されて、水色の下着が覗いていた。
なに……これ?
赤い頬、汗の浮かぶ体。
とろんっと蕩けるように熱を帯びた青い瞳が、なにかを求めるように俺を見ろしてくる。室内を照らすのは月夜の明かりだけなのに、その瞳は煌々と、けれども妖しく光っているみたいだった。
「えーと……どうした?」
「わかって、いますよね?」
「……ここでさぁ? って惚けるくらい鈍感だったらな、とは思う」
聡いとは言わない。
かといって、鈍いとも言えない。
つまるところ普通で。
誰もが寝静まった月夜の晩。女性が肌を見せながら、男の寝所を訪れるということは……まぁ、そういうことなんだろう。それがわかったところで、冷静に対処できるかというとそんなわけもない。
内心は動揺していて、汗の浮かぶ深い谷間から視線を逸らす。意識しないではいられなかった。
「見てください」
でも、アイシアは許してくれない。
優しく包むように俺の両頬に触れて、背けた顔をゆっくりと正面に戻す。さっきよりも顔が近づいていて、しっとりと艶やかな唇に目が吸い寄せられてしまう。
「なんでこんなことするの?」
「ルシアン様が好きだからです」
用意していたような即答だった。
唇が薄く笑みを作っている。その微笑みは穏やかで、アイシアの言う俺への好意に満ちているようだった。それなのに、でも……と思ってしまうのはなんでなのか。
「……好きにしてください。ルシアン様のためなら、私はどんなことでもします」
薄かった瞳はついに閉じる。
俺の頬に触れたまま、濡れて色香のある唇が下りてくる。少しずつ、少しずつ。グラスの縁に触れるように迫ってきて。このまま触れてもいいのかな……なんて少しだけ思う。
きっとその先は止まらない。
唇が触れたら、そのまま快楽に身を任せてしまうはずだ。俺だって男だから。アイシアの唇に触れたいと思うし、その豊かな胸に手を伸ばしたくもなる。
だから、いいのかなって思う。
「――駄目だろ、これは」
でも、思うだけ。
吐息が唇に当たる距離。
もはや間接的な口づけなんじゃないかって思うような近さで留まる。俺の静止に、アイシアがぴたりと止まった。パッと目が見開いて、くしゃくしゃっと紙を丸めたようにその瞳が歪む。
「なんで……」
「だって――」
わかりきっていたことだ。
明確なことは知らない。彼女が向けてくる感情にどんな名前がつくのか。だから、戸惑ってばかりで、川を流れる氷のようにこんなところまで来てしまった。
けど、最初からハッキリしていることもある。
「――アイシアは、俺のこと好きじゃないだろ」
こひゅ、と短い吐息がアイシアの喉から漏れた。
その顔は絶望に染まっていて、赤から青へと色を変える。あぁ、やっぱりそうだよな。そう思うくらいには肌で察していて、でも、傷つけたくはなかったな、と胸が痛い。