第6話 王女・公爵令嬢・王女・子爵の派閥
急に突撃してきた女の子に目をパチクリさせる。
派閥に入れて。
こういうのって、クラブに入るみたいな感じだったのか? というか、勧誘なんてしてないんだが。
出迎えたアイシアは涼しい顔をしている。反対を向けば、イリスが起き上がっていて酷い目つきになっていた。目の悪い人がよく見ようとして、目つきが悪くなる。そんな顔。
赤面している女の子はその視線に気づいて、びくっと肩を跳ねさせる。小柄な体躯に小動物みたいな反応。リスとかそんな印象で……で?
「あー……校舎裏の猫か虎か?」
「がおーっ」
小さい顔の横で両手の爪を立てて吠える真似。最初から赤かったのにまだ赤くなるのか。恥ずかしいならやらなければいいのに。たぶん、俺に思い出してほしかったんだろうけど。
たかだかこの間のことだ。忘れっぽい俺でもそれくらい覚えている。覚えているけど、ついそのあらゆるパーツが小さい可愛らしい顔をまじまじと見つめてしまう。
「あ、あのっ」
「セクハラ」
「セクハラだね」
「当たり強くない?」
俺、そんな悪いことした?
もとから小さいのに肩をすぼめてさらに小さくなっちゃった。首筋から耳まで赤くなって、赤面症なのか? 倒れたりしないよな? 心配になってくる顔色だ。
「や、前に会ったときは顔を見なかったから」
「それでどうやって知り合ったのよ」
「こう、木の幹を挟んで、背中合わせ的な?」
「……それは、知り合ったのかい?」
知らん。
あのときこの子は丸まって顔を隠していた。そうするってことは、顔を見られたくなかったってことで、まさか真正面から会いに来るとは思わなかった。
「つーか、よく俺の顔知ってたな?」
帰るときも見られた覚えはないんだが。
「あ、それは……」
と、女の子は気まずそうに後ろを向く。そこには、極上の微笑みで空気をキラキラさせている王子様がいた。
「昨日、彼女からキミとの話を聞いてね。もしかしたらと思って、紹介したんだ。ダメだったかな?」
「ダメじゃないけど、よくわかったな」
「授業をサボっていた口と態度の悪い銀髪の殿方というと、他に心当たりがなくてね」
「いま悪口言った?」
「キミは格好いいね」
褒めて誤魔化そうとしてきた。確信犯だろ、これ。
頬杖をついてじーっと睨むも、その微笑みは崩れない。鉄面皮とは違うが、その硬さは似たようなものだろう。いまは面倒を押しつけてきたことよりも、この子をどうするかだな。
顔を正面に戻す。
多少、赤みが引いた女の子が、スカートを握る手に力を込めた。
「俺はマグノリア子爵家のルシアンって言うんだけど」
「あ、はい。伺って……失礼しましたっ!」
バッと勢いよく頭を下げた女の子。長い栗色の髪が尻尾みたいに跳ねて、落ちる。元気なのはいいけど、緊張しすぎじゃなかろうか。
心配していると、これまでの慌てふてめきっぷりが嘘だったように背筋を伸ばす。体に芯が通ったように綺麗な立ち姿に、思わず感心してしまうほどだ。
掴んでいたスカートを指先で摘み直し、お淑やかなお辞儀をする。
「わたしはセレネ王国の第七王女、ルーナリアと申します。どうか、ルーナリアとお呼びください、ルシアン様」
「あぁ、よろしくセレ……セレ?」
いま、なんて言った? この子。
ルーナリア王国の王女とかなんとか。なんの冗談? と、彼女の顔を見ても嘘を言っているように見えない真摯な表情をしている。
アイシアを見て頷かれ。
最後にイリスに縋って、こっくとぎこちなくも肯定された。
マジか、王女。
こっちは自国の王女様だけでも手一杯だってのに、まさか隣国の王女様まで乗り込んでくるとは。普通、関わる機会なんてないだろう方々が、どうしてこうも俺の周りに集まってくるのか。
運命とやらを呪いたくなる。
「あー……ルーナリア様でよろしいのでしょうか?」
「敬称はなくて大丈夫、です。話し方も、これまで通りで全然、はい。平気です」
「ならルーナリアで」
言質は取った。
これであとから文句も言われない。なんか、やたら視線で刺してくるイリスは気になるが、王女様がいいって許可出したんだからいいだ。俺は知らん。
嬉しそうに頷いてんだから、俺は正しい。
「で、ルーナリアは俺じゃないイリス王女の派閥に入りたいの?」
「……? えっと、ルシアンの派閥と伺っておりますが?」
「誰から?」
控えめにルーナリアの視線がアイシアを向く。
またお前か。
「俺じゃないだろ?」
「対外的にはイリス様だけど、実質的にはキミの派閥だろう?」
「なんでそうなる」
「だって、ボクはルシアンがいるから、この派閥に入ろうと決めたからね」
「……決めたんじゃなくて、作ったんだろ」
あと、そういうのは俺じゃなくて、君のことが大大大好きな令嬢たちに言ってあげなさい。たかだか子爵の三男でしかない俺を口説いたって、なんの益も生み出さないぞ。
この際、代表が誰とかどうでもいい。
「昨日今日できたばかりのホヤホヤ派閥で、なにかするってわけじゃないぐだぐだ派閥に入りたいの?」
「はい」
「なんで?」
またルーナリアの頬が上気する。
指を合わせて、俯きがちにこちらをちらちら見てくる。そんな恥ずかしい理由なのだろうか。
「貴方様に……お会いしたかったので」
「……そ」
アイシアの真似か?
幼さは残るが、それがかえってルーナリアの美しさを引き上げている。子どもと大人の間。成長途中だからこそある魅力を醸し出す王女様にこんなことを言われたら、大抵の男なら本気にしてもおかしくない。
もう少し言葉は選ぶべきだろうに。
俺じゃなかったら本気にしてたね。
「イリスは?」
「……なんであたしに聞くの?」
なんでって。
「居心地いい方がいいだろ」
あんまり人が多いと休めなさそうだもんな、イリスは。
俺がよくてもイリスがよくないならダメだろう。アイシアは知らん。そもそも連れてきたのはこいつっぽいし、反対もしないはずだ。
「……」
イリスの腕の中でクッションが潰れた。
警戒する猫のようにじーっとルーナリアを見つめる。ルーナリアは琥珀の瞳を泳がせて、小さく体を揺する。
「ま、いんじゃない」
「――!」
ぽふっとそのままソファーに倒れたイリスは、仰向けになって眠るように瞼を閉じた。どうでもいい、という素っ気ない態度だけど、ルーナリアにとっては許可が下りただけでも飛び上がるほど嬉しいらしい。
「ありがとうございます!」と、パァッと蕾が花開いたような笑顔をイリスに贈る。寝る位置を調整するように、イリスは狭いソファーの上で寝返りを打って、背中を向ける。器用なこって。
「皆様、よろしくお願いします!」
「どーも」「よろしく」
俺とアイシアの返事が重なる。
イリスもひらひらとゆるく手を上げて振っていた。
「よろしくだって」
「はい!」
弾むような声だった。
こんな派閥に入ってなにがそんなに嬉しいのか。いるのなんて、スペアでしかない子爵の子息に、王女様に公爵令嬢でしかないってのに。
……あれ? よく考えると外見はトップクラスか? そこに隣国の王女もって、見栄えだけなら誰もが羨む派閥ではなかろうか? むしろ、俺が浮き過ぎている。
「…………この派閥、抜けようかなー」
ぼそっと、半分本気で呟いたら顔面にクッションが飛んできた。
◆ ◆ ◆
「ようやくイリスを貰ってくれる気になったか、息子よ!」
久々のおっさん……陛下の圧が暑苦しい。
学園から屋敷に帰る途中、どうしてか馬車は王城に向かって、そのまま執事とメイドに囲まれながら陛下のいる部屋に通された。前に後ろに。あれは連行だったんじゃないかって、いまさらに思う。
イリスも鬱陶しいのか、これでもかって顔を顰めている。
「陛下、うっさい」
「ははは! 娘からの扱いがぞんざいでお父様はショックだ」
全然、ショック受けてるように見えないテンションだ。
やっぱり暇なんかこの人?
普通、陛下の謁見ってこんな簡単じゃないだろう。あー、でもあれか。今回は呼び出されたんだっけか? でも、変なことを言っていたような気もする。
「別に貰う気はありませんが」
「なぜだ。婚約する気になったんだろう?」
「なってませんが」
どこで話が捻じ曲がった。
俺の言葉に「変だな」と陛下は顎を撫でて、俺の隣に座っている娘を見た。
「イリスから婚約指輪を用意してと頼まれたんだが」
「……もしもしイリスさん?」
どういうことだい? という疑問をジト目でぶつける。
イリスは一瞬だけ俺を見て、メイドに紅茶と茶菓子を頼みだした。いやなに呑気にティーパーティー始めようとしてんだよ。
こっち向け。