第3話 婚約しない
「婚約が本当か? 当然じゃないか息子よ!」
わっはっはと高らかに笑って応じるおっさ……陛下。一応、さっきのおっさん呼びは謝ったけど、気にする必要はないと言われてよかった。
そのあと家族になるんだから、と付け加えられたのはまだ納得いってないけど。
俺の困惑を代弁するように、冷や汗かきっぱなしの父上が窺いを立てる。
「し、しかしですね、陛下。こんな愚……不肖の息子では、イリス王女殿下とは釣り合いが取れないのではないでしょうか?」
いいこと言ったな、父上。
さっすが心の代弁者、と胸の中で喝采していたら、馬みたいに後ろ蹴りしてきた。なんなんさっきから、息子に対して不敬すぎでは?
「はっはっは! 身分など気にするな。引き取ってくれるのなら、それでいい」
引き取るってなに。
なんか不穏なんだけど、そこんとこどうなんでしょう? という気持ちを込めて話題の中心である王女殿下を見つめたら、鼻をぎゅむって摘まれた。なんでだ。
「陛下が適当言ってるだけ」
「お父様と呼びなさい」
「おっさん」
見るからにおっさ……陛下がしょぼくれだした。
うちは男兄弟だからこういう光景は見ないが、娘に雑に扱われる父親というのは、こうも情けないものなのだろうか。
陛下も親ということか……ちょっと国の将来が心配になる。
「身分を気にするなというのは大げさだが、婚約はしてくれ。結婚も早い方がいい。明日の予定は空いてるか?」
明日どこ行く? みたいなテンションで結婚式に誘われた。王女との結婚をその辺の酒場で飲むのと同列に扱っていいのか?
でも、手紙もそんなもんだったなとも思う。
「婚約だから」
「さっさと貰ってほしいだろう」
「ほっといて」
「しかしなぁ」
「臭い」
あ、死んだ。
そこまで言わなくてもいいじゃん、と陛下が膝を抱えてしまった。玉座で見る厳格な王という風格は塵となって、風に吹かれてどこかへ飛んで行ってしまっている。
というか、さっきから娘に雑に扱われて落ち込みつつも、俺に押しつけようとしているような気がするんだけど。
「なんかあるの?」
「よく本人に聞けるね」
「なんかもういまさらじゃん?」
「確かに」
くくっ、と王女殿下が押し殺して笑う。
もはや無礼だなんだっていうラインはとっくのとうに超えていた。見合いのときから似たようなもので、いまさら取り繕ってもしょうがない。
「私がいつまでも婚約しないから焦ってんの」
「いまいくつ?」
「16」
白い指を6本立てる。一々所作がかわいいな。
「適齢期ぐらいじゃない? 焦る必要もないだろ」
「でしょ? なのに、さっさと相手を見つけろってうるさいの」
「うるさくないぞ!」
「うわっ」
びっくりした。
さっきまで娘に臭いと毒を吐かれて死んでいた陛下が蘇った。俺の肩をガシッと掴んで厳つい顔を接近させてくる。
怖い怖い。
「他の娘や息子は既に婚約も結婚もしている。それこそ、幼い頃から内々で取り決めていた」
「そう……なんですね?」
わかる話ではある。
貴族の最大の仕事は血を残すことだ。それが王族ともなればより顕著で、俺みたいなそのうちでいいやーなんて独身生活を楽しんでもいられないだろう。
「だというのに、うちの娘ときたら口も態度も悪くて、結婚なんか誰がするかって反抗期真っ盛り! 社交界デビューも『面倒』の一言で片付けるし! せめて気になる相手が見つかればと何度も見合いを組んでも、話はしないは見合い相手に水をかけるわ!」
「結婚しろって迫ってきたバカが悪い」
「それはそうだけど!」
娘の反論に父は嘆くが、つーんっとそっぽを向かれている。
なんかほんと、王族っていうか、思春期の娘に悩む父親って感じ。一気に庶民的で、親近感さえ湧いてくる。
でも、そっか。
なんで俺がと王女とお見合いなんかと思ったけど、数撃ちゃ当たる状態だったのか。袖にしすぎて、相手を選んでいる余裕がなかったんだろう。
いくら王族といえど、こうも突っぱねてたら外聞も悪い。娘は大事だけど、早く婚約しろ、というのもわからなくはなかった。
大変だー。
と、呑気に構えていたら、会話の矛先が戻ってきた。陛下が必死の形相で迫ってくる。やっぱり怖いって。
「そこで君だ!」
「……なんで?」
マジでわかんない。
婚約の手紙もだけど、俺になる理由が皆目検討もつかなかった。レストランでは、美味しい料理をご馳走になって、うまうましていただけだ。
会話も弾んだかといえばそんなこともなく、これいいねとか、肉も欲しいとか、大したことは話してない。
そこからどう転べば婚約成立になるのか。そもそも、うちは了承しておらず、一方的なものだ。もしや、まだ婚約未満なんじゃないかとも思う。
「娘が唯一、この人ならと決めた相手だからな。ひとまず、婚約してくれるなら、私は誰でもいい」
「誰でもて」
それはどうなんだと思うが、陛下の必死さからこれまで苦労してきたことは十二分に伝わっている。
肩をがしっと痛いくらい掴んでくる陛下から顔を逸らして、そこんとこどうなの? と、当事者なのに髪を弄っている王女殿下に尋ねる。
「なんで俺?」
「……あー、フィーリング?」
適当だった。
いや大事だけど。でも、王女が婚約者を決める理由として、真っ先に上がる要素じゃない。
「家柄とか資産とかは?」
「貴族って、自分は高貴ですって態度が鼻につくんだよ」
「わかるわー」
生まれたときから偉いです、という態度が癇に障る。貴族ってのは往々にしてそういうもので、求められているのはわかる。
だからって、上から目線で物を言われると、鼻で笑いたくなる。生まれがいいのであって、お前が偉いんじゃないんだぞと。
「でしょ?」
共感されたのが嬉しかったのか、王女殿下が我が意を得たりと破顔する。
わかってるねー? だしょー? と共感を交換し合っていると、陛下が腕を組んでうんうんと頷いていた。
それを見た王女殿下が一転、しらっとした目つきになる。
「うざ」
「お父様、そろそろ泣くぞ?」
さすがに国の頂点が泣くところは見たくない。膝を抱えてしょぼくれているところも見たくはなかったけど。
目元をごしっと拭った陛下が、ごほんっと咳払いをする。
「ともかく、婚約は成立。結婚については、時期を相談ということでいいかな? マグノリア子爵」
「え、いや……はぁ」
置いてけぼりをくらっていた父上が急に水を向けられて困惑している。見るからにおろおろして、どうしたものかと焦っていたが、最後には「もちろんです」と臣下らしく応じてみせた。
父上はこっちを向く。
「お前もそれでいいな?」
「え? 嫌ですが」
ハッキリ拒絶すると、場の空気が凍った。