第2話 生徒会になんて入りたくない

 失礼しても? とアイシアが確認してきたので、ひとまず頷く。
 微笑みは絶えず、食堂のどこかから、ほぉ……っと感嘆の声が漏れ聞こえてきた。横目で窺うと、近くの席の女子生徒たちが頬を赤らめていて、アイシアに熱っぽい視線を送っていた。

「あいっかわらずおモテになるようで」
「そういうのではないよ?」
「へーそー」

 謙遜した態度こそ鼻につかないけど、事実としてモテてるんだからやっぱり鼻につく。口の端をこれでもかと下げて見せると、アイシアは苦笑する。それすらも絵になるんだから、イケメンはズルい。

「スノーティア公爵家の令嬢よね? なに知り合いなの?」
「なんか棘々しくない?」
「別に」

 声が低くて重いんだよ。
 テーブルで頬杖を突いて、顔を背けている。その癖、黒い瞳だけは端に寄せてこっちを見てくるんだから、言葉と態度が裏腹で素直じゃない。

「お初にお目にかかります、イリス王女殿下」
「どーも」

 最低限以下の応対だった。
 ウェイターが持ってきた果実酒を口につけて、イリスはそっぽを向いたままだ。やっぱり、気まぐれな猫ちゃんだことで。

「気に触ってしまったかな?」
「へーき。不機嫌がデフォルトだから、この猫ちゃんは」
「年がら年中誰の機嫌が悪いって?」

 人差し指で差したら、シャーッと牙を剥いて噛まれそうになった。ほら、機嫌悪いじゃん。どうよこれ、とアイシアに同意を求めたのだけど、氷のように透き通った青い瞳を楽しげに細められるだけだった。

「仲がいいんだね」
「氷でできてんの、その目」
「綺麗だって? 褒めてくれてありがとう、嬉しいよルシアン」

 皮肉すら褒め言葉にされたら、俺はもうこの端麗な麗人になにも抗えなくなってしまう。はーやんなっちゃうねほんと、とやさぐれながら果実酒の入ったグラスに口をつける。
 やけに今日は酸っぱく感じた。

「で、なに? 顔見知りに挨拶に来ただけじゃないだろ?」
「……そうだって言ったら、キミは反省してくれるのかな?」

 初めて薄い唇が真横に伸びて、半分に閉じた青い瞳が不満そうに揺れた。

「キミが入学したと聞いて嬉しかったのに、キミは顔を見せに来ないからね。ボクがどれだけ寂しかったかわかるかい?」

 中性的な容貌とは対照的に、アイシアは豊かに実った胸に両手を置く。
 巧みに視線誘導されてしまった。よくこれを隠せてたもんだと視線を逸らしたら、今度は侮蔑に満ちた黒い瞳にぶつかって顔を伏せる。いや、別にそういう目では見てないのよ? ほんとに。

 ん、んっ、と喉を鳴らす。

「だって、知らなかったし」
「去年、手紙を送ったろ?」
「……内容覚えてないや」
「薄情」

 イリスに冷たい指摘になにも言い返せない。
 いやでもね? そう親交があったわけじゃないんだ。手紙が届いたときもきっと『へーそうなん』と思って、そのまま興味もなく閉じる俺の姿が容易に想像できるくらいには、いまも興味がない。

 それが顔に出ていたのか、アイシアが恋人に振られたみたいな悲しい顔をする。

「……そうか。友人だと思っていたのはボクだけだったんだね」
「数回しか会ってないからな」

 親交の深さは回数じゃないとはいえ、はたしてその程度の関係を友人と言っていいものだろうか。普通に知り合いじゃね?

「3回だよ」

 真面目に訂正されても困るんだけど。
 別に会った回数の1回や2回認識がズレたってどうでもよくない? 俺が大雑把すぎるのか、アイシアが神経質すぎるのかどっちだ。……いや、ごめんって。2人揃ってこいつダメだみたいな目で見ないで。もう仲よしか。

「これから学園では毎日会えるからね。たとえ、キミに忘れられていても、ボクはそれだけで嬉しいよ」
「……あの、謝るから。健気な風に笑うのやめてくれません? 俺のわずかにしかない良心がこれでもかってズキズキするんですよ、ほんとお願いだから」

 寂しそうに微笑む姿の色気が凄いし、心が痛い。それに、周囲から『アイシア様を悲しませたな』という敵意に満ちた気配が強くなっている。
 王女殿下の所有物宣言だけでもヤバいのに、憧れのイケメンお姉様を悲しませたとかもう刃物持った令嬢が視界に映るレベルでヤバい。学園って怖いところなんですね。

「ちょいちょい顔を出すから勘弁」

 両手を上げて降参する。
 アイシアが人差し指の甲を唇に触れさせて、くすりと笑う。

「それはいいね。実は、今日の話もそれに関係しているんだ」
「本題まで長かったなー」
「夢以外で、やっとキミと会えたからね」

 そういうキザな発言は、アイシアにゾッコンな令嬢たちにしてあげてほしい。俺にやられたところで『へー、そりゃよかったね』と冷めた反応しか返せない。
 輝くような微笑みがイリスにも向く。

「イリス様にも関係のあるお話です」
「ルシアンを生贄にしといて」
「めぇー」
「ぷっ」

 羊の鳴き真似をしたら、アイシアが小さく吹いた。大して面白くなかったと思うんだけど、耐性がないのかもしれない。
 小さく肩を震わせたアイシア。
 頬に赤みはあるけど、どうにか落ち着いたらしく「失礼」と一言詫びを入れてきた。

「お話というのはボクの立場にも関係するものなんだけど」

 一呼吸置いて、アイシアは今日一番の微笑みを浮かべる。

「――生徒会に入らないかい?」
「ぜったい……っ、に嫌」

 俺も満面のしかめっ面を浮かべてやった。