第9話 貴族の三男でも料理はできます

「美味しい……」

 フォークでチーズと絡んだ肉を食べたイリスがぽつりと言う。俺は「どうも」とお礼を言って、自分の分を食べる。チーズを乗せて焼いた肉料理だ。特別名前はないけど、濃厚なチーズが絡んで味はいい。
 というか、置いてあった香辛料が色々あったから見ているだけでも楽しかった。王女が住むだけあって、贅沢品が揃っている。それに便乗するのは気が引ける――わけもなく、使えるうちに使ってやろう精神だ。いましか食べられないかもしれないし。

 野菜を煮込んだスープもいい味だ。やはり、塩と胡椒が最強である。

 スプーンを置いたイリスが瞼を半分閉じる。浅く下唇を噛み、不満ありそうな顔で見つめてくる。

「なに? 嫌いな野菜でも入ってた?」
「豆嫌い」
「弾いていいよ」

 お母さんじゃないので、好き嫌いしないなんて説教をする気はない。お子ちゃま舌かと食事を続けようとすると、「そうじゃない」とまたもや止められた。
 なによもー。

「料理ができるからっていい気にならないで」
「なってないが?」

 なんで料理作って文句言われてるの? 俺。

「あたしだってやろうと思えばできるから。やらせてもらえなかっただけで、それくらい簡単」
「へーそりゃすごい」
「ちゃんと聞いて」
「チーズうまー」
「聞けっ」

 脛をげしっとされた。
 痛くはないけど、その足癖の悪さはどうかと思うなー俺は。

「明日のご飯はあたしがやる」
「用件済んだなら実家に帰りたいんだけど?」
「やだ、絶対やる」

 イリスの闘争心に火がついてしまったらしい。別に王女様というか、貴族令嬢が料理できないのは普通なことなんだけど、彼女にとって俺ができて、自分はできないというのは酷く自尊心を傷つけることらしい。
 意外と負けず嫌い?
 暗い瞳が燃えている。熱血系だったりするのか? 見た目に似合わず。

「でも、なんであんたは料理できんの?」
「……できるから?」
「そういうこと、訊いてると思ってんの?」

 思ってないけど、だってそれだけじゃなにを訊きたいのかわかんないし。
 イリスがスプーンをそっと置く。その所作だけは丁寧で、王女様らしさがあった。

「料理をやろうと思った理由。だって、する必要ないでしょ? 家では料理人がいるだろうし、家事だってメイドがやる。あたしたち貴族がするわけないじゃん」
「王女様に言われると言葉の重みが違うはー」
「あたしは自分でもやろうとは思ってるし」

 つんっと鼻を持ち上げる。
 それは希望であって、実践できてないという自白みたいなもんだけど、指摘したらまた脛を蹴られそうなので優しい俺は黙っておく。蹴られて喜ぶ趣味はないんだ。たとえ、美少女相手でも。

「やろうと思った理由ねぇ」

 果実酒を飲みながら、記憶を掘り起こす。
 キッカケは……なんだったか。明確に覚えていない。でも、いまでも続けている理由はある。それをハッキリ口にすることはできるけど、なんか期待された目をされると教えたくなくなる。
 なにより、ヘタレみたいで嫌。

「将来の夢が料理人なんだ」
「へーそー、で?」
「いや、でって。だから料理人で」
「陛下に王城の料理人に推薦してあげる」
「すみません」

 勘弁してください。
 城の料理人とか吐くどころじゃない。しかも、あの陛下なら『おっけー』とか平然と言いそうなのが怖い。下手に冗談で場を濁すこともできないのかよ。

 しょうがないなー話すかー。
 隠すことじゃないけど、情けないんだけどなーと思っていると、イリスが「いいよ、もう」と拗ねたような声を出した。頬杖をついて、頬肉を持ち上げている。

「話したくないならべぇつにぃ?」
「すげぇ別にって顔じゃないけど」
「べぅぇつにぃ」

 舌巻きすぎだろ。
 それはもう遠慮に見せかけた脅しでしかない。子どもめ、と断片的にだけ言っておく。

「ま、三男だから」
「……ふーん、そっか」

 鼻を鳴らしたイリスはどんな顔をしてるだろう。見たくなくて料理に集中してますよって体で俯いていると、イリスが言った。

「あたしは三女」
「お互い、兄弟姉妹が多いと大変だな」
「ね」

 小さく短く共感して。
 言葉は少なくなったけど、さっきよりは食卓の空気がよくなった気がした。

  ◆ ◆ ◆

 ――お、き、て?
 耳をくすぐる感触で、つま先から頭のてっぺんに向かって震えが広がった。ガバッ、と勢いよくベッドから跳ね起きると、びっくりした顔のイリスが目を瞬かせていた。

 口元に開いた手を添えていて……おいこら。

「なにしてん?」
「新婚ごっこ」

 朝から殺す気かな?
 いつも通りだぼっとした服装で、王女らしさなんて微塵も感じない。よくない遊びを覚えてる。その口元がにへっとなっていてもう本当にやめてほしい。

「起こすのもいいね」
「永劫睡眠になりかけたが?」
「へー」

 興味なさそう。俺の命に。

「朝から嫌な汗かいた……って、なにこの匂い」

 鼻をくすぐる香ばしいというには焼きすぎた匂い。すんっ、と鼻を動かすと、他にもなんか匂いがして、しいてまとめるなら料理の匂いだろうか。
 でもなんで?
 と、思って、昨夜の食卓での会話を思い出す。

『明日のご飯はあたしがやる』
『要件済んだなら実家に帰りたいんだけど?』
『やだ、絶対やる』

 え、まさか? と思ってイリスを凝視すると、我が意を得たりとばかりにそれはもう得意満に頷いた。

「朝食、できてるよ」
「そ、っかー」

 なるほどなー。

「最後の晩餐か」
「どういう意味か懇切丁寧に説明しろ?」
「胃薬くれ」

 どんっと両肩を押されてベッドに沈んだ。
 このまま寝ていたい。心からそう思うけど、「冷める」と腕を引っ張る初めて料理をした王女様は待ってくれなかった。