第1話 イケメン公爵令嬢
いつまでも授業をサボっているわけにもいかない。
学園でも屋敷でもイリスは気にしてなさそうだけど、俺に付き合うように彼女も授業に出ていなかった。なんのために学園に通っているかわからなくなる現状は、あまり授業に熱心じゃない俺とて思うところがある。
入学前と変わってないもんな、現状。
「明日は授業出るわ」
「そ」
王都の屋敷で食卓を囲みながら、脱不良宣言をしたけど、イリスは興味なさそうだった。学園に入学するときも、あんまり興味なさそうだったもんな、この子。
なのに付き合わされてる俺。悲しくなるね、ほんと。
「それより、明日の朝はあたしが作るから、料理」
明日、学園は休みになるようだ。
◆ ◆ ◆
数日ぶりの学園の教室は相変わらず注目の的だった。
好奇や嫌悪は相変わらず感じるけど、その中に憐れむようなものも混じるようになっていてなんだか泣けてくる。窓際の1番後ろの席にイリスと並んで座る。
登校して早々机でだれる。
「人気者だなおい」
「普通でしょ」
「そりゃイリスにとってはそうだろうよ」
けど、たかだか子爵の三男が集める視線の数じゃなかった。これはあれだ。王女のモノ? 婚約者? おいおい新入生がずいぶんと粋がってんじゃないかあーん? ちょっと面貸せや屋上で友好を深めよや? みたいに絡めるに決まっている。
そうなっても抵抗してやるがな! イリスを盾にしてでも、と思っていたんだけど、教師が来るまで視線こそ感じても話してくるような生徒は1人もいなかった。
「なんか意外」
「普通でしょ」
お姫様の普通ってわかんない。
俺たちに驚いた反応を示したのは教師くらいなもので、授業で教師が入れ替わるごとにぎょっとされたがそんなものだった。嫌味の応酬とか影で喧嘩とか、そういうわかりやすさはなかった。
完全に肩透かしである。
「お昼行くよ」
「呑気だね、君」
「こんなもんだよ」
イリスはこの状況こそ普通だというように、訝しむ俺の袖を取って引っ張っていく。教室の後ろを通っても、視線こそ追いかけてくるがなにか言ってくるようなこともない。
「意外と貴族社会は優しい……?」
「そんなわけないでしょ」
普通だこんなもんだというイリスが否定してくる。
俺だって、もっと陰険というか、笑顔の裏で短剣を構えてるような奴らと思っているけど、こうも見に徹されると不気味にすら感じてしまう。
俺への妬み嫉みもだけど、王女であるイリスに近づこうとしないのがなによりも。
「言ってるでしょ、あたしにとってはこれが普通なんだよ」
「ふーん」
「興味持て」
「いやどっち」
そっかー、と納得して話を終わらせようとしたら、突っかかってくる。気になったらなったで冷たくあしらわれ、じゃあいいやと忘れようとしたらもっと訊けと引っ掴まれる。
子どもだってもう少し素直でわかりやすいぞ。
「気まぐれな猫ちゃんなの?」
「かわいいって言った?」
「言ってない」
ぺちん、と鼻を指で弾かれた。俺が悪いの、いまの?
周囲からの視線を感じながら廊下を歩き、辿り着いたのは食堂だ。実質的にはレストランで、広いホールで食事を楽しむ生徒たちが歓談に耽っていた。
庶民の酒場とは違ってその会話も静かなもので、上品さがある。静かな緊迫というか、フォーク1つ落としただけで注目を浴びそうな緊張感があった。
貴族ならその程度、息をするように熟すもので気にするほどのことじゃないが、少しだけ息苦しかった。
「……他に食事できる場所ってなかったっけ?」
「サロンでも食べれるけど、あそこはあそこで面倒でしょ。派閥が」
「そんなんあるの?」
「貴族の集まりだもん」
嫌に納得してしまった。心穏やかに休める場所はないのか、この学園に。
面倒に思いつつ、食堂に入るとウェイターが席まで案内してくれる。白いテーブルクロスに、中央には紫の花が飾られていた。こういうのを楽しむのも貴族らしいのかなって思う。
メニューを置いたウェイターが一礼して去っていく。貴族が通う学園なだけあって、隙のない丁寧な対応だった。
「なににすんの?」
「肉」
「言うと思った」
イリスが口端を下げて呆れる。
「美味いだろ?」
「もっと洒落たものとかないの?」
「じゃあパイ」
「肉詰め?」
「もち」
ため息を吐かれた。
パンとかスープとかもいいけど、やっぱり昼食ならガッツリしたものを食べたかった。小さい焼き菓子を摘みながら、話に花を咲かせて紅茶を嗜むのも悪くない。でも、肉は美味い。
適当におすすめを頼むか。
そう思っていると、イリスがメニュー表で顔の下半分を隠して、いつもは吊り上がっている目尻を下げてこっちを見てきた。
「でも、屋敷ではあんまり出さないね、肉」
何事もなかったように手を上げてウェイターを呼ぶと、メニュー表の向こうでイリスがくすくすと笑みを零した。座り心地の悪さを覚えて椅子を引くと、折り悪く後ろにいた人にぶつかってしまう。
「申し訳ない」
「ボクが後ろにいたのが悪いからね、気にしないで」
「あん?」
聞き覚えのある中性的な声だった。
少年のような、少女のような低さと高さを兼ね備えた声。一人称、ボクな子息はそれなりにいるが、この爽やかさの具現のような声の持ち主は1人しか思い浮かばなかった。
椅子の肘置きに手を置いて振り向くと、そこには想像通りのイケメンがいて、「や」と女性を魅了する微笑みを浮かべて手を上げていた。
「久しぶりだね、ルシアン」
「アイシア……?」
ひとりごとのように呼ぶと、彼女は微笑みに嬉しさを乗せて、公爵令嬢らしく淑やかな所作でスカートをちょんっと持ち上げてみせた。