第3話 氷湖祭り

 お祭りをしている街は屋敷から少し離れているそうで、馬車で向かうことになった。
 スノーティア公爵の家紋が入った馬車に揺られる……のはいいんだけど、

「なんでメイド服?」
「? ルシアンのお世話をするためです」

 きょとんっと幼気な顔をしたアイシアが言う。
 このやり取りは前回もしたけど、そういうことじゃない。

「じゃなくて、街へ行くのになんでメイド服着てんの?」
「??? ルシアンのお世話を――」
「スノーティア領って母国語違ったりする?」

 会話が通じないときがある。同じ公用語を使っているはずなんだが、どうしてこうも意思疎通に難があるんだろうか。
 メイドにしてはやたら見目がいいアイシアは、わからなさそうに首を傾げている。その様子はかわいらしいが、だから大丈夫とはならないわけで。

 自分とこの領主の娘がメイド服を着てかしづいていたら、領民はどう思うだろう。

 なんでメイド服ってなるだろ。領民からしたら意味わかんないに決まっている。俺だっていまだに意味わかんないんだから。俺のお世話をするからメイド服を着ますってなに?

 目の前のメイドが本当に公爵家の令嬢か疑いたくなるほどに頭が痛くなっているのに、アイシアは俺を見つめてどこまでも楽しそうだ。

「俺の顔って面白い?」
「格好いいです」
「……や、そういうことじゃなくて」

 不意な褒め言葉にてれてれしてしまう。
 流れて的に言わせたみたいだし。

「ずっと見ていたいです」

 見ていていいでしょうか? と尋ねてくるので、お好きにどうぞ、と答える。別に見られて困るもんじゃ……いやごめん無理だわ。見られていると思うと、気になってしょうがない。体のあちこちがむずむずして痒くなる。

「普通、来客の世話なんて使用人がするだろ」

 話と視線を逸らそうと、話題を変える。

「別に公爵令嬢自らお世話する必要はないだろ」
「あります」

 まさかの断言にアイシアを見る。
 その顔は冗談を言っている様子はなく、どこまでも澄んだ青い瞳が俺を見つめていた。

「私がしたいからです」

 行き着く先は感情だ。
 アイシアのわがままで、ある意味で公爵令嬢らしいとも言えた。ただ、そのわがままが俺のお世話というのが、世間の令嬢像から大きく乖離している。

 お嫌ですか? と、まなじりを下げた表情は悲しげだ。そんな顔をされると、嫌です、なんて言えるわけもない。

「そういうわけじゃないけど」
「それなら、これからずっと私がお世話させていただきますね?」

 まるでスノーティア領を離れてからもお世話するような言い方で、いやいやそんなまさかと心の中で否定する。
 俺のふわっとした返事を肯定と受け取ったのか、アイシアは嬉しそうに微笑んでいる。

 話を逸らすつもりで、余計にドツボにハマった気がしてならない。

「座っていて疲れていませんか? 膝をお貸ししましょうか?」

 ぽんぽんっとスカートの上から膝を叩く。
 魅力的な誘いに頷きそうになるけど、受け入れたら帰ってこれなくなりそうなので、丁重にお断りする。どこから帰ってこれないのかは、わからないけれども。

  ◆ ◆ ◆

「……すご」

 氷湖祭りで賑わう街に着いた俺の第一声がこれだった。
 なんとも単調で、花のない感嘆だったけれど、本当に凄いものを見ると言葉は出てこないのだと実感する。

 ――氷の鳥が羽ばたいていた。

 いまにも飛び立ちそうな翼を広げた氷鳥は、躍動感に満ちている。その奥には女性を模した像や、見てもよくわからないような芸術性に満ちた像もあった。
 街の入口から続く通りだけでもこれだ。

 奥を見れば街に飾るように様々な氷像があって、氷の街、というのが頭に浮かんだ。

「いつもこんなんなの?」
「いえ、お祭りの時期だけですね」

 言葉を失っていた俺に、アイシアが教えてくれる。

「氷湖祭りは氷像で街を飾るお祭りなんです。氷職人が技術の粋を込めて作った氷像が、街のあちこちにあります」
「はー……マジか」

 なんというか……なんというかだ。
 これでも一応貴族で、芸術品にはそれなりに触れてきている。彫像だって見てきたし、それと比較してここに並ぶ像がより優れているとは思わない。

 それなのに感動するのは氷という素材だから……だろうか。初めて見るものに感動している? なんか、それとも違う。感覚がズレる。

「これ、溶けるよな?」
「溶け切らないうちに別の像と入れ替えますが、お祭りが終わる頃には原型が残っているものは極僅かです」
「だよな」

 スノーティア領がいくら北部で寒冷地だとしても、いまは夏で平時と比較すれば気温は高いはずで、日差しは強い。王都と比べれば過ごしやすい気候で避暑地らしくとも、氷の像がいつまでも溶けないような気温じゃない。

 ひとつの氷像を作るのにどれだけ時間と労力がかかるかは想像もできないが、高い職人としての技術が必要になるのは間違いない。羽ばたく氷の翼に手を伸ばし、触れたら溶けて折れそうで、ぐっと手を握る。

「儚い美ってことかな」
「喜んでいただけたなら、私個人としても、領主の娘としても嬉しいです」

 誇らしげな顔。
 アイシアにとってもこの祭りが自慢なのがわかる。

 半ば拉致だったけど、これを見れるなら悪くなかったのかもしれない。そう思えるくらいには立ち並ぶ氷像はどれも美しく……なんか視線を感じるんだけど。
 見上げた鳥の氷像から視線をズラすと、領民だろう人たちがこっちを見ていた。その目や態度には困惑の色があった。

 領主の娘が来ているから?
 なんて思って、アイシアに訊こうと顔を向けて……思い出した。

「今日は領民が騒がしいような……なぜでしょうか?」
「俺が執事服着てたらどう思う?」
「――」