第3話 監禁したその理由

 アイシアに閉じ込められてから3日が経った……かもしれない。
 最初こそ固く閉じていたカーテンも、アイシアに望めば笑顔で『はい』と頷いて開けてくれた。窓から陽が上って暮れるのを見届けてそれくらいになったと思う。

 ただ、どうにも部屋の中にいると時間感覚が狂う。
 だから“かも”しれないで、いまは昼下がりといったところだろう。

「うーん、困った」

 ベッドの上で腕を組む。ジャラリ、と後を追いかけてきた鎖が音を鳴らす。
 監禁された当初こそ、これからどうなるんだろう、と不安に苛まれもしたが、アイシアが危害を加えてくるということもなく、日がな一日部屋の中にいるだけ。

 狙いは俺……だと思うのだけど、かといって要求もないし、困ったことといえば、この生活が窮屈以上に快適というか、堕落的なところか。

「――ルシアン様、お茶のご用意ができました」

 ノックの音に許可を出すと、アイシアが銀のお盆を持って入室してくる。見慣れてきたメイド服で、ベッド横のテーブルに危なげなく運び入れる。
 お礼を伝えて、ベッドから下りる。
 鎖による制限こそあるが、そこそこ長いのでベッドの周囲を歩くくらいなら問題ない。席に着くと、アイシアが率先して給仕をしてくれる。これが本当に監禁されてる人間の扱いか? と疑問を覚える程度には至れり尽くせりだった。
 なにより、

「失礼します」

 と、椅子を寄せて肩も寄せてくる。
 ふわりと漂う柑橘系のスッキリとした香りが、距離の近さを教えてくれた。なんかやたら距離が近いんだけど。

 スノーティア公爵領に来て以来、なにやらこだわりがあるのかメイドというか使用人としての距離感を大事にしていた感があった。それはそれで変な感じがしていたが、部屋に閉じ込められてからはこれだ。極端で、もうちょっと適切というものを知ってほしいと思う。

「近いんだけど」
「……いけませんか?」
「いけなくはないけど」

 けど、けど、と続いても、最後にはその縋る目には頷くことを強要されてしまう。俺、我を通すタイプだと思ってたんだけど、女性相手だとそうでもないのか?
 どうにもここ最近、お願いを断り切れていない気がしてならない。その最たるものが婚約で、イリスにアイシアと優柔不断男みたいになっている。

 断ってんだけどなー、と肩のぬくもりを感じながら紅茶を啜る。これがまた美味しく、実家ではまず飲めないような味だから、このままお世話された方が贅沢できるんじゃないかって思ってしまう。

「……それは飼われるって言いそうだけど」
「ワンちゃんですか?」
「そっかー」

 犬だったか俺は。
 鎖で繋がれた状況的に、間違っていなさそうなのがまた皮肉めいている。飼い犬にしては甲斐甲斐しすぎる気もするが。

 嬉しそうに寄り添うアイシアを見ると、このままでもいいかな、と思えてくる。でも、本当に飼われるわけにもいかないと、これまで訊けなかったことを口にする。

「で、なんで監禁なんてしたの?」

 軽い口調にしたけど、真面目に尋ねている。
 当然、アイシアもその質問がいつかくることはわかっていたはずで、苦笑にも似た苦い笑顔を浮かべてきた。

「――あなたが好きだからです」

 それは誰が聞こうとも告白だった。
 突拍子もない――なんて言わない。これまで好意的な感情は伝わってきていた。婚約の申し込みだってそう。嫌われていない、という表現で留めていたけれど、そうした異性としての好意が一切ない、とは思っていなかった。

 でも、俺がアイシアと会ったのはたった3回だ。
 再会してからその回数は日毎に増えたけれど、人を好きになるというのはそんなに簡単なことだったろうか? 一目惚れ……なんて概念があるのはわかる。ただ、それだけでこうまでするか? という疑問はどうしても拭えなかった。

 赤らめた頬は恋する乙女そのものなのだろうし、演技には見えないけれど。

 それだけかな?
 って、疑問はどうしても拭えなかった。

  ◆ ◆ ◆

 アイシアはだいたい傍にいる。
 なにもなくても近くに寄り添って、会話がなくても幸せそうに笑っている。

 人肌を心地よく感じつつも、ずっとその状態だと息が詰まる。もともと、人付き合いが多い方じゃなく、ひとりでいることも多かった。イリスと暮らすようになってからも、部屋にこもることもあった。
 そう考えると、この環境は快適ではあっても、心が休まるものじゃないということだ。

「ずっと一緒にいて退屈じゃない?」
「いえ、幸せです」

 と、蕩けるような笑みで言われてしまうと、なにも言えなくなってしまう。状況が特殊とはいえ、こういう女性からの好意に対する受け流し方を知らないのは問題だ、といまさらながらに社交をサボっていたツケを思い知る。

 四六時中はどうなんだろ。
 好きっていうのは、そんないつでも一緒にいないといけないほどの熱量があるのだろうか。俺からすると、もう少し肩の力を抜いて、人ひとり分くらいは離れようか、と言いたくなる。……言いたくなるだけで、口にできていないからいまの状況なんだろうけど。

 自分に辟易するも、本当に一日中べったり、ということもなかったりする。どうしようもない理由で、アイシアが部屋を出ることがあった。人間だもの。

「身を清めてきます」

 ちょっと恥ずかしそうに、けれど寂しさも滲ませつつアイシアが部屋を出る。
 汗臭い、と思われるのは嫌らしい。
 俺はそう感じたことはないし、柑橘類のような香りにドキリとすることばかりだけど、自認と他認は違うということか。

 パタン、と静かに扉が閉じて、背中からベッドに倒れ込む。

「……はぁぁぁあぁぁあっ」

 長い長い息が出た。
 だってしょうがない。人がいるという緊張感もだけど、ずっとアイシアが傍にいるんだもの。どうやって男装をしていたのか不思議に思うほどに、彼女は女性らしい体つきをしている。
 特に胸。
 抱きつかないまでも、ちょっと寄りかかられるだけでふにゅんっと俺の腕で潰れてその存在を主張してくる。触れていることにアイシアが気づいている節があって、恥ずかしそうに俯きつつもより身を寄せてくるものだから、俺の精神力はごりっと削れていく。

 むしろ頑張ってるだろ、俺、と褒めてもらいたい。腑抜け、と罵倒する人もいるだろうが、状況も相まって手を出したら終わりだと思っている。

 このまま逃げ出したいところだけど、腕はガッチリ繋がれているし、鍵はアイシアが持っていた。ベッドの支柱を叩き壊せば、とも思うけど、そんなことをすれば騒ぎを聞きつけ誰かが来るだろう。
 ……それに、このまま逃げていいのか、という思いもあったりする。

「寝るかなー」

 と、現実逃避気味に呟く。
 言えばなんでも用意してくれるので、暇つぶしの本が置いてあったりするけど、読む気力もなかった。
 でも、このまま寝たら……。
 昨夜のことを思い出して熱くなる頬をぺちぺち叩いていると、扉を叩く音がした。

「え、もう? 早くない?」

 帰ってくるの。
 ベッドから飛び上がる。休まる時間もなかったと思っていると、『入っていいかな?』と扉越しに声が聞こえてきた。それは男性の声で、なんならこの屋敷に来て初めて聞いたものだった。

「――失礼する。少し話をさせてもらえるか?」

 氷のようにまたたく青い瞳。
 固い表情をしたアイシアの父親スノーティア公爵が入ってきて、俺は目を丸くして「あ、どぞ」と言うしかなかった。ジャラ、と音を鳴らす鎖の異物感が凄い。