第6話 誰にも口にできない独占欲と――醜い嫉妬
「ありがとうございます」
ふにゃり、とグラスを受け取ってルーナリアは笑う。
丸みのある顔はそうやって緩むと余計に幼く見える。ゆるふわっとしたお姫様っぽい雰囲気があって、将来美人になるのが約束された造形だ。
第七王女だもんなー。
王女だから美人とは言わないが、かといって一切関係ないということもない。王の后というのはどこの国でも美女ばかりで、その娘ともなればやっぱり美女だったりするのはお決まりだ。
うちの国のもそうだし。木陰のテーブルで涼んでへばっている我が国の王女様を見て思う。
「どうかしましたか?」
「いや、かわいいなと思って」
「ふぇっ!?」
ボンッとルーナリアの顔が急激に赤くなる。
赤くなった頬を隠すように両手を添えて、「ありがとう、ございます……っ」と消え入りそうな声でお礼を言う。
こういう素直な反応は新鮮でいいなぁ。
意識されすぎるのはそれはそれで対応に困るが、かといって冷めた反応もつまらない。ぎゅぅっと目を瞑って羞恥に耐えるルーナリアを見ていると、どうも微笑ましい気持ちになってしまう。
「けど、よかったのか、こっちに来て」
「え」
「国に帰ったんだろ?」
用事があって帰国したはずだ。
隣国とはいえ、移動にはそれなりの時間を要する。帰国してからスノーティア公爵領となると、自国の滞在時間はそう長くなかったと予想できる。
トンボ帰り。
イリスが送った手紙のせいとはいえ、こっちに来るキッカケを作った俺としては気にもなる。俺の疑問に、幾分か熱を引かせたルーナリアは「大丈夫です」と柔和に微笑む。
「母の元気な姿は見れましたので。それに……どちらにしろ長居もできませんから」
微かに顔を伏せたルーナリアはすぐに顔を上げて、「いただきますね?」とグラスの底に手を置いて掲げる。どうぞと促して、紅茶を美味しいと飲む姿を横目に見ながら、やっぱりどこの国でも色々あるんだなと思う。
第七王女だしな。
あまり詳しくはないが、それでも貴族という立場上伝わってくるものもある。兄弟姉妹が多く、そのせいで王位継承争いが過激化しているとか。
他国に嫁ぐ以上、この子が王位継承に関わることはないだろうが、それでも王族である以上、絶対とは言い切れない。今回は偶然が重なったこととはいえ、少し楽しんでほしいなと思う。
「母親とは仲がいいんだ」
「はい! とっても!」
パッとルーナリアの顔が輝く。
思った以上の反応に、こっちがびっくりしてお、おうとなってしまうくらいには前のめりだ。
「ずっと離宮でお母様と過ごしていました。王家に嫁ぐ以前はシスターをしていて、いまでも教会に顔を出して、子どもたちのお世話をしているんです」
「優しい人なんだな」
「……はい!」
それは嬉しそうに頷かれ、見ているこっちも嬉しくなる。
「そっかそっか……ちょっとだけ羨ましいかも」
「ルシアン様はお母様と……その」
途端に申し訳なさそうにするルーナリアに「あぁ、ごめん」と謝る。この言い方だと不仲だと聞こえるのも仕方ない。どういったものか、顎を上げてうーんと考える。
「仲が悪いわけじゃないから。むしろ、いい方……だと思う。たぶん、きっと、見方によれば」
「憶測が飛び交ってます」
うちの母上は女傑というか、なにかと厳しい人だ。子どもは皆、男児でそのせいか教育に余念がないというか、手心というものがなかった。母上の伝手で来てもらった家庭教師と一緒になって、たっぷりじっくり教育されたものだ。
「……ふ、ふへ。思い出すだけで震えが止まらん」
「ル、ルシアン様?」
おっと、ルーナリアを怯えさせてしまった。俺も思い出したくはないので、トラウマには鍵をかけておく。
「まぁ、なんだ。仲はいいけど……やっぱり貴族的かなって」
貴族は家を守ること、血を繋ぐことが重要視される。
それはうちも変わらない。どれだけ良好な関係を築いていても、その関係の中心は『マグノリア子爵家』であり、どうしてもそうした意識がお互いの中に存在する。
イリスとのお見合いだって、その延長線上にあるものだ。……いや、見合いのとき息子を置いてけぼりにした父上は貴族の父としても、一般的な父としても終わっていると思うがともかく。
「だから、少しだけ羨ましいかなってね」
「……そう仰っていただけて、お母様も喜びます」
えへ、と笑うルーナリアを見て、目を細める。
いい子だなーと思うとかわいく見えて、つい頭に手を伸ばしてしまう。湖で遊んでいたからか濡れている栗色の髪は、しっとりしている。手に吸いつく感触が心地よく、撫でる手が止まらない。
「そのまま素直に成長してね」
「あの、わたしルシアン様と年は……でも、えへへ」
なにか言いかけていたが、最終的には頭を寄せてきて撫でやすいようにしてくれる。もっと、という意思表示にきゅんっときていっぱいよしよししてしまう。
いいなー、女の子って感じで。こういう妹がほしかったなーと思っていたら、ゴツンッと痛いくらいの勢いで頭になにかが乗った。
「……撫でるのが気持ちいいなら、あたしも撫でてあげる――グラスの底で」
「いえ、遠慮します」
「王女の好意は断れないから」
ぐりぐりグラスの底を動かされ、あだだだだだ。
やめてよしてと手で払おうとするが、イリスは巧みに躱して俺の頭をグラスで撫でる――というか、擦り続ける。俺たちのやり取りを見ていたルーナリアは最初こそ目を丸くして驚いていたが、しばらくするとあはっと声を上げて無邪気に笑い出した。
「イリス様とルシアン様は仲がよろしいんですね」
「えぇとっても」
「どこをどう見たらそう見えるのののがっ」
「全方位からじゃない?」
コツンコツンと人の頭をグラスで叩いてくる王女と仲よく見えるとか、節穴にもほどがある。これ以上、やられると将来父上のようにハゲそうなので、グラスを奪って「あ、ルシアンやめ――」ぺいっと湖に放り投げる。
「うし」
手を叩き、大きな水しぶきに満足だ。
悪辣王女もこれで反省するだろう。
「ルシアン様」
ちょいちょいと、ルーナリアが俺の上着を引っ張ってくる。
「なに?」
「……ご迷惑でなければ、私にもやっていただけますか?」
楽しそうです、と恥ずかしそうにお願いしてくるルーナリアに、否やを突きつけられるわけもなかった。
◇ ◇ ◇
遠くの湖で、水柱が上がる。
楽しげな喧騒にぼやけるくらいに目を細める。
「……結局、こうなるんだね」
ひとり離れて、椅子に座るボクはその光景を眺め続ける。胸に去来する思いは、少し前、ルシアンに婚約を申し込むと決めた派閥のサロンにいたときの心境に似ていた。
それは欲求で。
誰にも口にできない独占欲と――醜い嫉妬。
想い人の笑顔。
それを向けられるイリスがズルい。こうして、スノーティア領まで追いかけてきて、ルシアンを盗っていく。そのことに恐れを抱く――同時にやっぱりと、試し行為、その想定通りの結果におかしくなる。
ふふ、と喉の奥から自然と笑みが零れる。
「だから――しょうがないよね」
グラスの中に残っていた氷を銀のスプーンで沈める。
赤褐色の暗い底。
二度と上がってこれないように深く――深く。