第5話 温泉旅行のための貯金をふたりで貯めるのがいいの
「なに補給してんの?」
「リツニウム」
かぷっと首筋を噛んでくる。
「……生気吸われそう」
「精気は吸ってないかなー」
絶妙にすれ違った気がする。
頭の後ろで感じる柔らかさ。沈んで、弾んで。クッションよりも心地よくて、でも、性的な興奮とは違うものを感じている。
「灰野はこうすると落ち着くの?」
「えー? どーするとー?」
ぎゅっとより強く抱きしめてくる。
「……こうすると」
「そうだねー」
後ろから首筋に埋まってくる。
疲れてそうなのに、今日はやたら機嫌がいいな。なんでだ?
「前にストレス発散の話をしたのは覚えてる?」
「あー、抱きつくとどうとかって」
したな、そんなの。
夏休み前の話だったか。いや、その後にもしたか? 灰野との会話は脳を通して喋ってないので、記憶の定着が悪い。
「そ、キスするとか……ね?」
頬に唇が触れる。
これもなー。
「常態化はよくないと思うんだけど」
「ストレスがねー、消えるんだよねー、ふわっと」
聞いて。
「ふわっと? 風船みたいに?」
「温泉入ったときの気持ちよさかなー」
「適当ー」
「考えてないから」
耳元で灰野がふっふーと笑う。
「考えないでいいから」
……まぁ、灰野がいいならいいんだけど。
「そういえば温泉で思い出したけど、本当に旅行行くの?」
「行かない理由がないよね?」
「未成年とか、学生とか、男女とか」
「どれも男性アイドルが未成年の女の子にお酒を飲ませるほどじゃないねー」
比較対象を重くしないでほしい。勝てるわけない。
「いいけど、いつ頃行きたい?」
「明日」
「明日野郎はバカやろー」
意味違うけど、バカなのは一緒。
「ムリ」
「不可能は嘘つきの言葉だよ?」
「無能なブラック上司」
俺はペンギンでもパンダでもないので、残業100時間はふつーに死ぬ。
「冗談だけど、それくらい早く行きたいなーって」
「この前京都行ったでしょうに」
「修学旅行でしょ」
「灰野の中で旅行じゃないのか」
「うん」
つむじに顎を乗せてくる。
素直なのは美徳であり、わがままでもある。
「いつでもいいけどさ」
「じゃ、予約するねー」
「挿れるねのノリで予約しないで」
手が早すぎる。スマホを取り出すな。
「日程はともかく、金ないんだよ」
「私が出す」
「お年玉だっけ?」
そんな話もしたな。
「何泊したいの?」
「最低2泊」
「……旅行なら、1日くらいゆっくりしたいだろうけど」
日帰りどころか、1泊ですらないのか。
「安くても1泊2、3万はするだろ。交通費とか観光費とかも含めて、ネカフェ代すらカップル割で節約してんのに足りんの?」
「……親に」
「学校の友達と旅行に行きたいんだけど、お金出してくれるー?」
「…………ムリかな?」
灰野の親は知らないけど、うちはあんまり負担をかけたくないな。
抱きしめてくる灰野の腕を解いて、立ち上がる。あ、と声を上げて、ぷーっと恨めしげな目で見上げてくる。
「なに飲む?」
「ココア」
「いつものね」
「ううん、ガムシロップとクリームはダブルで」
頭を使うからね、じゃないが。
アイスクリームを2段にするような軽さで注文してきたけど、灰野が頼んでいるのは本当にココアなのか?
「……健康診査は受けろよ?」
「大丈夫、A判定だったから」
それは模試の結果な気がする。
ストレス値が上がると比例して糖分を取る量が増えるのか。女の子の体は砂糖でできてるなんて言うが、灰野はガチで体現しそうな恐ろしさがある。
「あ、待って。やっぱり私も行く」
灰野がなにかを思い出したように立つ。
「いらない心配だと思うけど、一応ね」
「ドリンクバーでオリジナルカクテルは作らないから」
「なら安心だ」
と、言いつつなんでかふにゅっと腕を絡めてくる。
「おんぶの方がいいかなー」
「やだよ」
店員に見られたらどうする。
◆ ◆ ◆
飲み物を取って、部屋に戻る。
俺がテーブルにカップを置いたら、腕を引っ張ってきた。また、抱きしめる体勢。
「どーしよーかー」
いまこの状況の方がどうしようだよ。
「早くて12月とかだろ」
いまが10月末だから、1ヶ月あれば多少は金策もできる。少々心もとないが、まだなんとか。……いけるか?
「えー」
「甲斐性なしでごめんねー」
「そうは言ってないけど」
声は不満そう。
かと思いきや、なんか後ろでハッと息を呑んでいる。
「もしかして、私とクリスマス旅行がしたい?」
「観光シーズンだから嫌」
高いし。
「ならいつ行くのさー」
「不貞腐れないでくれない?」
襟足をふーふーするな、くすぐったい。
「11月末から12月初旬かな」
「お金はー?」
「それまでに旅行貯金をどうにか貯めよう」
「旅行、貯金!」
なんか声に興奮が混じったな。
「いいねーどこに貯める? ブタさん貯金箱買ってくる?」
「叩き割りたいの?」
「お腹から出るし」
それはそれでショッキング映像の気もするが。
「それぞれ貯めればいいだろ」
「えーいいでしょー、一緒に貯めようよー。1ヶ月ちょっとずつふたりでチャリンチャリンして、どれくらい貯まったかなーってブタさんを耳元でフリフリカシャンカシャンしたいぃ」
「昭和?」
「赤いー手ぬぐい、マフラぁにしてー」
昭和だった。
「灰野がやりたいなら好きにすればいいけど」
「やたー」
喜ぶのはいいけど、どうやって貯めるかだよな。
「……バイトかな」
すーっと後ろから息を吸う音が聞こえてきた。
「働いたら負けかなって思ってる」
平成だった。
◆第3章_fin◆
__To be continued.