第4話 おんぶをしながら下校。背中で胸がむにむに、デカい尻に指が食い込む。

 朝から晩まで働いて。
 それでも、笑顔を絶やすことはしない。絶やせない。

「本日はお疲れ様でした」

 生徒会を担当している先生が締める。
 お疲れ様でしたー、と小学生のさようならみたいに生徒会メンバーが声を合わせて解散となった。

 やっと終わり。
 ため息をきたいところだけど、人目のある場所で疲れは見せられない。

「みんな、お疲れ様」

 先生がいなくなってから、生徒会メンバーに労いの言葉をかける。すると、緊張の糸が切れたように全員が脱力した。

「生徒会がこんなに大変だなんて聞いてなかったよー」
「というか、なんで体育祭に駆り出されてるの? 体育祭委員会あったよね?」
「人手不足らしいです」
「就職氷河期なのだ」
「ずん◯もんのまとめ動画でも観た?」

 空気が弛緩する。
 まだ顔を合わせて日が経っていなくて、多少ギクシャクした空気があった。でも、ひとつ大きなイベントを乗り越えたからか、壁が少しだけ薄く低くなった気がする。

 帰る準備をしていると、書記の2年生が話かけてくる。

「生徒会長、これからカラオケで打ち上げしないかって話になったんだけど、行きません?」
「誘ってくれてありがとう。でも、家に帰って勉強するから、ごめんね?」
「えー、行きましょうよー会長もー」

 肌が焼けたスポーティな庶務の顔がぶぇーってなっている。

「ごめんね、足立さん」
「行きたいっすよー会長と親睦深めたいっすー」
「やめなさい」

 メガネカチャカチャ副会長がぺしっと庶務の頭を体育祭のパンプレットで叩く。

「生徒会長はお疲れなんですから」
「副会長は来るっすかー」
「……騒がしいのは苦手です」

 副会長が間に入ってくれて助かった。

「それじゃあ、みんなお疲れ様。打ち上げ、楽しんできてね」

 言って、これ以上巻き込まれないうちに生徒会室を出る。
 誰もいない廊下を歩いて、はぁ、と止めていたため息が零れ出た。

「……疲れた」

 背中に鉄棒でも入れたように真っ直ぐだった背中が曲がっていく。
 朝から進行の確認。リハーサル。保護者の案内や指示出し。迷子の保護に放送。
 指を折るだけじゃ足りない仕事をこなして、ようやく1日が終わった。

 休みたい。
 けど、家に帰ったからといって休まるかは別の話だ。

「……今日は、金曜日」

 だけど。
 もう18時だ。体育祭のあとで、律がネカフェに行っているとは思えない。修学旅行の帰りみたいに誘えればよかったけど、今日はそんな暇も余裕もなかった。

 スマホを取り出す。メッセージを開いて……スリープ。

「疲れてるよね」

 土日も付き合わせたし。
 これ以上、私のわがままを押しつけるなんて……なんて。

「…………いる」

 律が。
 いる。

 誰かを待つように、教室でひとり窓の外をぼーっと眺めていて。
 あぁもう、と口元が緩むのがわかった。

  ◆ ◆ ◆

 閉会式が終わって。
 誰もいない教室の自分の席で、外を眺めていた。陽は沈み、校庭に残っている人もほとんどいない。

「あれ? 佐藤くん?」

 教室に入ってきたのは灰野だ。
 体操着から制服に着替えて、身だしなみは整っているがその顔には疲労が見える。

「どうしたの? ……もしかして、待っててくれたとか?」

 なんてね、と笑いながら自分の席に向かう灰野。

「お疲れ様」

 灰野の傍まで歩いて、はい、とココア缶を渡す。ベージュの瞳を丸くして、ココアと俺を交互に見る。

「がちぃ?」
「がちー」

 灰野が受け取ろうと手を伸ばして、するっと通り過ぎる。
 そのまま俺の胸にとんっと頭を預けて、あーと低くてだみった声を出す。

「疲れた」
「ご苦労さま」
「上司のつもり?」
「偉いねー」
「幼稚園の先生」
「ふ、ふんっ! 勘違いしないでよね! べ、別にあんたを労ってるわけじゃないんだから!」
「似合わなーい」

 悪かったな。
 唇を尖らせて不貞腐れて見せたら、ふはっと吹き出すように笑ってきた。

「あー……やっぱいいよねー」
「なにが?」
「ただ、いいよねーって」
「そうですか」

 なんにもわからん。
 しばらくその体勢でいると、灰野が「ねー」と気だるげな、どこか猫が甘えるような声を出してすり寄ってくる。

「送ってくれる?」
「いいよ」
「やっさしー」
「優しさでてきてるから」
「バッファロー」

 つむじを押しつけてぐりぐりしてくる。バ◯ァリンな。

  ◆ ◆ ◆

 ――で。

「なんでおんぶ?」
「はいよーバッファロー」

 お尻をぺちぺちされる。
 校門を出てすぐ飛び乗ってきた。やたら体重を預けてしなだれかかってくるから、背中でお胸様がむにむにもにもに大暴れしている。

「……どっちかというと乳牛」
「ミルクはでなーい」

 叫ぶな揺らすなデカい尻に指が食い込む。

「つーか、いいの?」
「なにが?」
「ここ、外なんだけど?」
「野外プレイもいけます」
「嬢のプレイ可能範囲は訊いてないのよ」

 俺にそんな特殊嗜好はないし。

「……暗いから、ね」

 首に腕を回して、顔を寄せてくる。

「明るくない方が、ムード出るでしょ?」
「センシティブはんてー」

 走る。
 いやっはーと灰野が両腕を上げて叫んだけど、夜闇が吸い込んでくれた。

  ◆ ◆ ◆

 本日2回目の――で。

「なんでネカフェ?」
「補給ー」

 しかも捕まったし。
 灰野が後ろから抱きしめてくる。俺の後頭部はふかふかに沈んで大変幸せなことになっていた。