第2話 2ヶ月遅れの誕生日プレゼント
唇をくっつける。
キスってそんなに簡単なことだったっけ?
カッ、カッとチョークの音が響く。開けた窓から風が流れてきて、頬を撫でていった。
最近、接触が多いなーとは思っていた。
触るのもだけど、抱き着いたりとか、枕にされたりしたり。
友人間でもそうしたことはあるだろうから、この辺りは許容範囲だと思っている。男女の問題を除けば。きっと、たぶん、まだ平気なんじゃないかな。
ただ、キスともなるとそれは恋人の証のような気がしている。でも、俺と灰野はそうじゃない。なら、不健全かなーと思うんだけど、それを指摘するのもなーという見えない空気抵抗がある。
それは灰野に近づくほど強くなって、ゼロになると疑問は空気との摩擦で燃え尽きる。けど、こうして離れると、かなり不健全なのでは? という疑問がシャボン玉のようにふわふわ膨らんで、秋の曇り空に飛んでいく。
――ネカフェに着く頃には、パチンッと弾け飛ぶ。
▢ ▢ ▢
毎週金曜日になると、高校生らしきカップルがやってくる。
ひとりは背の少し高めの男の子で、もうひとりは地毛っぽい亜麻色の女の子。
大学終わりの金曜日の夕方はだいたいシフトに入っているので、よく目にする。そういうことをするためではなさそうで、普通に放課後デートとかのノリなんだろう。滅びてほしい。
いまも制服姿で、ドリンクバーの前でイチャイチャしている。
女の子の方が腕を伸ばしてダル絡み。男の子の方はそれを一切気にせず、コーヒーとココアを取っていた。ガムシロップとクリーム、入れ間違えてない? ココアにドボドボなんだけど、その激甘飲料本当に飲むの?
ソフトクリームの機械に元を注ぎ込みながら、ついつい意識はふたりに行ってしまう。この年代にある騒がしさはなく、落ち着きもあるので不快感はあまりない。
ただ、最近までデートを繰り返していた大学ゼミの男が、同じゼミ内の他の子と付き合い始めて憎らしいくらいだ。全員が顔見知りのゼミでやるか普通? 絶対破綻させようと教授と決意した。
――この男の子は、そういうのと無縁そうだな。
顔はそこそこ整っている。もう少し見栄えに意識すれば、クラスでもモテるのでないだろうか? それであって、軽い印象はなく、浮気とかもしなさそう。チ◯コに脳があるゼミの金髪クソ野郎とは比較にもならない。
彼女のダル絡みを軽くいなしつつも、甲斐甲斐しく飲み物を取ってあげたり、かと思えば漫画を取ってとお願いしてたり。気兼ねのなさが伝わってきて、あー、いいなーって思う。
わたしにもあんな彼氏が――え。
「……」
彼が背を向けた瞬間、女の子と目が合った。
偶然だと思いつつ、店員らしく頭を下げるが無反応で、その目つきは研いだナイフのように鋭い。
「なに?」
「べぇつにぃ」
彼の腕を抱いて。
まるで私のだからと見せつけるような態度。訝しむ彼氏を強引に連れて階段を上っていき、わたしは仕事も忘れてそんなふたりを見送って、ぽつりと感想を零した。
「……彼氏さん大変そう」
あれは嫉妬深い、面倒な彼女だわ。
◆ ◆ ◆
「2ヶ月遅れの誕生日パーティをしまーす、いえーいぱちぱちー」
「なんで機嫌がバンジーしてるの?」
飲み物を取りに階段を下りて上がってきただけなのに、灰野の機嫌が急降下していた。部屋に入ったときはそうでもなかったのに。フジツボみたいにくっついて離れなかったのに、機嫌がバンジーした理由がさっぱりわからない。
「名前書いていい?」
「どこに?」
「律の顔に」
「誰の?」
「私の」
「いいよ」
「私のだー」
とりあえず機嫌が戻ってよかった。
でも、灰野さん。嬉々としてバックから出したマジックに油性って書いてあるんだけど?
キュッキュと耳元で鳴る音と肌を滑る感触にゾワゾワする。
「描けた」
「書き順違ったんだけど?」
絶対、名前じゃなかった。
明らかに絵っぽいなにかを描いてた。だって塗ってたし。
「あげる」
「ありがとう」
ペンを貰う。
これが誕生日プレゼントと言うのだろうか。いいけど。
「誰かのせいで話が脱線したけど、誕生日パーティね」
「俺ではないな」
受け答えしていただけだ。
にしても、誕生日パーティね……。
「なにその顔? 不満が?」
「羽根つきでもないのに黒塗りされたのは不満だけど」
「許可取ったもん」
幼女みたい。
「別にやるのはいいんだけど」
「“だけど”は文句があるときに女子が使う」
「男子なんだよ」
しかも、それ前の文と後ろの文の繋がりなくお気持ち表明するときだ。聞きたくないよなー、と思いつつ鞄からある物を取り出す。
「誕生日おめでとう」
「……」
手渡したら黙っちゃった。
「プレゼント?」
「そう」
「私の?」
「これはあなたのプレゼントです」
「This is your present」
「俺のになってるな」
英語の翻訳みたいって言いたいんだろうけど。
「簪……これ」
「そう、和服のお店の」
着物をレンタルしたときに灰野がつけていたものだ。誕生日の話になったとき、プレゼントなににしようと思って、これでとなった。
「似合ってたから」
銀色のシンプルなデザインで、蓮の花が飾られている。
「……つけて」
包装から取り出した簪を両手の上に乗せてじっと見ていた灰野が顔を上げた。
「つけ方わかんない」
「髪、まとめるから」
後ろを向いて、栗色の髪をかき上げる。
なんでうなじって見えるとドキッとするんだろう。見えてはダメというわけでもないのに。日焼けを知らない白く細い首筋がやけに綺麗だと感じる。
「挿して」
「あぁ、うん」
簪を受け取って、髪に挿す。
ちゃんとできているか不安だったけど、崩れなくてよかった。安心してると、灰野が振り向く。その顔は得意げで、にっと白い歯を見せていた。
「どう、似合う?」
「だから買ったんだよ」
「恥ずかしがらないでよー」
背中から倒れて、ぽふんっと体を預けてくる。
「んふふ」
「嬉しそうね」
「誕生日前でこれだから、当日はどんなプレゼントかなーって」
「……誕生日プレゼントだよ?」
ふたつは貰えない。あげない。