第5話 寂しがっているのが嬉しい罪の味

「――生徒会長の灰野優莉です」

 対抗馬なし。
 会長は信任投票であっさり決まった。真面目な顔をして体育館の舞台に立っている灰野は、誰から見ても立派な生徒会長に見えることだろう。

「……かわいそ」

 灰野がなんかこっち見た。
 勘違いファンサってことにしておこう。

  ◆ ◆ ◆

 昼休みの教室は、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

「灰野さんおめでとう~!」

 クラスメイトたちが揃って灰野に生徒会長就任のお祝いをしている。お祝いのつもりなのか、ジュースとかスナック菓子とかが灰野の机に積まれていく。
 傍から見ると貢ぎ物に見えた。

「ありがとう、クラスのみんなのおかげだよ」

 テンプレートのような対応だ。
 それでも、浮かれているクラスメイトたちは嬉しいようで、スマホで写真を撮ったり街頭インタビューみたいに見えないマイクを向けてたりしている。

 俺からすると騒ぎたいだけに見えるが、楽しいのならなんでもいいんだろう。

「今日の放課後打ち上げしよう~?」

 信任投票で選挙活動もなかったのに、どの頑張りに対する打ち上げなのか。登壇?

「ごめんね、今日は生徒会に関するお話があるんだ」
「えー、初日からこき使いすぎじゃない?」
「生徒会長になったからには頑張らないとね」
「灰野さん真面目ー」

 残念がっているクラスメイトたちを横目に、弁当箱を持って教室を出る。騒がしすぎる。当事者になればその騒がしさも盛り上がりに変換されるんだろうけど、混ざる気もない。
 かといって水を差す気もないので、静かな場所を探す。

「……今日は金曜日だけど」

 来れないかもな。
 窓の外は曇っている。夜はにわか雨になるそうだ。

  ◆ ◆ ◆

 今日はいいかな、と思ったけど、習慣とは恐ろしいもので自然と足がネカフェに向いていた。

「……」

 ページを捲る乾いた音が耳をこする。
 空調がやけに強くかかっているのか、風の音が気になった。カップに手を伸ばして、その軽さに「あれ」となる。

「もうない」

 空のカップ。
 いつの間に飲み切ったんだ。ネカフェに来てから1時間くらいだが、すでに3杯は飲んでいる。カフェインの摂り過ぎはよくないんだけど、飲み物なしもなー。

「取り行こ」

 誰に言うでもないのにひとり呟いて、立ち上がる。
 ドリンクバーでコーヒーとココアを淹れる。コーヒーはブラック。ココアにはガムシロップとクリーム。入れる度に『カップ間違ってない?』と疑念が過ぎるが、手はもう慣れたもので鹿威しのようにルーチン作業でドボドボ。

 戻って、

「……なんで淹れた」

 バカなのか。誰が飲むんだこの激甘泥水。

「あーもーあーやー」

 慣れって怖い。

「ヒューマンエラーがなくならないわけだよ」

 どうやら俺には救急隊員の素質はないらしい。
 無造作に髪をくしゃっとして、ため息を零す。やっぱり来るんじゃなかった、今日。テーブルにカップを置いて……クッションを手に取る。

 いつもとは反対の位置。
 灰野が寝ている場所に座って、クッションを抱える。普段俺がいる白い壁が見えた。

「…………生徒会で忙しくなるのかな」

 そうしたら、ネカフェにも来る頻度も少なくなるかもしれない。
 金曜日ですらこうやって……こうやって。

「――なにしてるの?」

 声に引っ張られるようにバッと顔を上げると、灰野が訝しむように俺を見下ろしていた。

「なんでいんの?」
「仕事が終わったから」
「OLみたいなこと言うね」
「私の部屋は綺麗だから」

 OLの汚部屋イメージってどこが発祥なんだろう。
 幻を見るみたいにぽけーっと灰野を見ていたら、「なんだ、来ると思ってたんじゃん」と机を見て言う。そこにはカップがふたつ並んでいる。

 こっちを見た灰野が屈んで、にやっと覗き込んできた。

「なに? 寂しか――」

 灰野が言い終わる前に、とんっと頭を押しつけた。

「律?」
「ん」
「……寂しがり屋だねー、律は」

 慈しむような声で。
 預けた頭を撫でられる。その手つきが優しくて、子どもみたいな扱いが気になるけど、気分が楽になったからいい。

「生徒会は金曜避けてもらうよう伝えたから」
「そっか」
「漫画みたいに、生徒会室に通い詰めるほど仕事はないし」
「うん」

 ならいい。
 一頻り、そうやってくっついていて、ふと灰野が思い出したように言う。

「旅行のお土産は?」
「忘れた」

 ぽこっと頭を叩かれた。

  ◇ ◇ ◇

 よくないなー、本当によくない。
 私がいないのを寂しがってくれるのが嬉しいなんて、ほんとよくない。

 ダメだなと思って、ぎゅっと律の頭を胸に抱く。
 緩んだ顔は見せられない。

  ◆ ◆ ◆

 生徒会の仕事が増えた灰野だけど、なんだかんだ上手くやっているらしい。放課後の帰りもそう変わらず、ネットカフェの定位置でいつものようにクッションを抱えて猫みたいに丸まっている。

「律、パンツちょうだい」

 そう……いつもの…………。

「えい」

 灰野の背中をぽこってする。

「パンチじゃなくて」
「ふしだらな母と笑いなさい」
「それはパンツァー」

 なんでも知ってる灰野さん。

「新しいのは悪いから、いま履いてるのでいいよ?」

 春じゃなくても頭のおかしい人は出る。

  ◆第1章_fin◆
  __To be continued.