第4話 “灰野さんと律くんって付き合ってるんでしょう?”
珍しく、ほんとーに珍しく母と一緒に夕食を食べたときだった。
「明日から旅行に行こう!」
「……はぃ?」
唐突すぎて耳が壊れたのかと思った。もしくは頭。理解させようという気がない、コミュニケーション能力が欠如している喋り方だ。
でも、母は俺の驚きなんて気にしないで、矢継ぎ早に攻め立ててくる。攻撃は最大の暴力。先制を取って、相手になにもさせずに完封すればいいと言わんばかりの舌の回りようだ。遊◯王かな。
「明日から久々に連休が取れたんだー。本当は休まないで働こうかなと思ってたんだけど、有給消化しないと労基が攻めてくるって言うから。夏休みどこにも連れていけなかったから、遠出しよう!」
「……そっか」
勢いに負けてなにも言えなくなった。
「というわけで、準備しといて。明日から行くから!」
「え、明日? 学校は?」
「家族都合でお休み!」
自分は休まないのに、人は都合よく休ませる。
布団を叩いて埃を出すように詳細を訊こうとしたけど、「ごちそうさま!」と皿を重ねて行ってしまった。今日はやたらテンションが高い上に、俺の話が右から左だ。
久々のちゃんとした休暇に頭がショートしてるのかもしれない。
「普段から休めっての」
でも、旅行か。
夢の国とかに泊まった思い出もあるが、それもいまは昔。翁が竹を取る話を寝物語に聞かされていたくらいには古い話だ。修学旅行は10月で、もう少し先。
「おやすみ!」
見送って、あれは準備しないなと確信する。
旅行鞄をふたつ準備しないといけない。そもそも旅行先は決めているんだろうか? 宿の予約は?
「不安だな」
でも、楽しみでもある。
これでも学校は無遅刻無欠席だったから休むのがちょっと気になるが、旅行には変えられない。ちゃっちゃと夕食の後片付けをして、旅行の準備を……の前に。
「送っとくか」
メッセージ。
◇ ◇ ◇
「……旅行?」
学年女子のメッセージグループでバチバチドロドロやり取りしていたら、急に律から『明日から旅行っぽい。お土産なにがいい?』と送られてきた。
『そういえば高橋さんって、いまは野木くんとお付き合いしてるんだよね? 駅で歩いてるとこ見たよー』と、通りすがりの家に火をつけるように投下して、そっちはひとまず閉じる。
燃えたかどうかはあとで野次馬に紛れて確認するので、先に律だ。
「誰と……」
と、送ろうとして、これはなんかおかしいなと気づく。
責めるような感じではいけない。そういう関係ではないのだから。直前までメイド喫茶のスタッフルームみたいなとこでやり取りしていたから、やや心が荒んでいた。
「“誰と???”」
でも、律だからいいかと送る。
返信はすぐにあって、『母』と一文字だけ。もう少し労力使って、私に。
「お勉強中ごめんなさい、お夜食はいる?」
「ううん、平気。ありがとうね、お母さん」
「優莉が頑張ってるんだもの、お母さんも頑張るわ」
急にやってきた母をさらっと躱して、スマホを挟んだページを開く。
「お母さんと、か」
それならいい、よくないけど、いい。
でも、急だった。
なんでだろうと思うけど、家庭環境には深く突っ込まないという暗黙の了解みたいなものがあって、文字を打とうとする指を止める。なにをしても許される相手であっても、本当になんでもしていいわけではない。
「ネカフェは?」
『来週』
今週は行けない、と。
はぁ、とため息が出て、ペンを転がす。途端にやる気がなくなった。
机に突っ伏し、ほっぺをぷにっと潰す。とんとん、とスマホの画面を指で叩く。
「…………私も行きたいー」
って、言ったら律はなんて言ってくれるかな。
スマホが震える。
音声認識? と、ちょっと動揺して、画面を見て口の端が下がる。
『灰野さんと律くんって付き合ってるんでしょう?』
乗馬(♂)大好きの地雷系クソビッチからの宣戦布告ですか。
「ちょうどいいサンドバッグだー」
純粋無垢な優等生を演じつつ、二度と粉をかけられないようにフルボッコにしてあげよう。律くん言うな。
◆ ◆ ◆
案の定、旅行の行き先もホテルも決めておらず、行くという気持ちだけで計画性のない母のフォローをするのが旅行初日の仕事になった。
「予約完了……と」
シルバーウィーク前でよかった。
ホテルは比較的空いていて、宿代も安い方。ロマンスカーの席も予約したし、盤石だろう。一応、昨晩作ったチェックリストを確認して……って、なに?
「灰野?」
メッセージ。
昨日誰と行くか聞かれて答えたっ切り返事はなかったが、いまさらなんなのか。ズル休みーとか、小学生っぽい冷やかしだろうか。
『お土産は旅の思い出話』
なんか綺麗なことを言い始めた。
ポコっと連投。
『なわけなく、今度旅行に連れてってくれたら許してあげる』
「……なにもしてないのに許された」
なんかわかんないけど、モモンガのシュシュシュスタンプ送っとこ。