第1話 学校でも優等生と狂った距離感で過ごす
「夏休みの宿題って、なんで終わんないと思う?」
「陽キャだったから」
8月も末。
夏も終わろうと、終わる……終わってくれよ。なんでまだ30℃超えてるの? 立秋はとっくに過ぎたし、気象学上だってあと数日で秋になる。
だというのに、どうしてまだこんなに暑いのか。冷房の効いたネカフェでソフトクリームを食べながら考えている。地球エアコンが待たれる夏休みの終わり。
「律は宿題終わってる」
わざわざドルフィンパンツに着替えた灰野が、ラインがよくわかるお尻をこっちに向けて寝ている。
「陰キャでーす」
「陽キャ陰キャ、そんなの人の勝手」
「本当に強い生徒なら好きなことだけして頑張るべき」
「ぶんぶんはろー」
そして、遊び呆けて夏休みの宿題を提出しない生徒が生まれる、と。
「やっぱりチャッピーしかないか」
「終わってないの読書感想文かよ」
夏休み半ばに一度したよなこの話。
「律は終わってる?」
「とっく」
「コピーして、原本を頂戴」
「奪われてるな、読書感想文」
灰野が原本提出したら、俺がパクったことになる。
「なに読んだの?」
「魔法使いのNight」
「映画いつだっけ?」
忘れた。
「りつー」
灰野が匍匐前進で寄ってきて、俺の胡座に顎を乗せる。位置関係がなかなかに危ないんだけど、言って察せられるのも嫌なので放置。
「読み聞かせして」
「律ディブル」
「初月無料」
「“ぼくが6つのとき――”」
「すぴー」
「Audible」
膝が動かせない。
◆ ◆ ◆
「宿題、前に持ってきてー」
タブレットで宿題提出みたいなところもあるのに、うちの高校はまだ平成で止まっている。令和生まれが小学生になるくらい成長しているのに、学校側の成長は止まったままだ。
教壇で灰野が呼びかけると、わらわらクラスメイトが集まっていく。その中に混ざるのも嫌だなーと思って、ぽやぽや夏休み明けらしい光景を眺める。
「灰野さーん、宿題忘れたー」
「取りに帰っていいよ」
「……灰野さーん、宿題やり忘れたー」
「いまから一緒に頑張ろうね」
しかし、相変わらず人気だな、委員長様は。
夏休み中も、クラスメイトと遊んだり、ボランティアしたり、勉強したりと忙しかったらしい。ネカフェで、まだ宿題残ってるのかという話をしたが、やることがないからやった俺と違って、時間がないなかやり切った灰野は頑張っていると思う。
「――こら」
ぽか、と頭を叩かれる。
丸めたプリントで、灰野が机の前にいた。
「副委員長さん? 宿題を集めてるんだけど?」
「あー……うん」
いつの間にか教卓から人がはけていた。
「どうせ職員室に持ってくんだろ? ついでに持ってくよ」
「委員長のお仕事」
だけど、と灰野が朗らかに笑う。
「でも、佐藤くんは副委員長だから、手伝ってもらおうかな?」
「……鳥肌」
「なにか言ったー?」
さっきと同じ笑顔なのに、なんか圧が強くなったな。
教卓の上にある宿題の山に俺の分も乗せて、持ち上げる。その半分……の半分を灰野が持っていき、教室を出る。
「……ねぇやっぱり、いいんちょと佐藤くんって」
「そうだよね?」
「?」
なんか呼ばれた気がして振り向いたら、扉がピシャリと閉まった。
「行こっか」
笑顔ってこんなに種類あるものだっけ。
やたらキラキラしていて眩しい。なんか誤魔化そうとしているような気配を感じるけど、それがなんなのかわからないから、まぁいいか。
職員室を目指して歩く。
「灰野?」
ちょん、と小指を掴まれた。
なにしてんの?
目で尋ねると、「ん?」とわかっていないように小首を傾げられた。
「佐藤くん、どうかした?」
「どうかって」
ふにふにされてるんだけど。
ホームルーム中で他に生徒の影はない。それでもここは学校で、ネットカフェではない。
「重いねー」
「……そうね」
重いね。
◆ ◆ ◆
職員室に着くと、担任の先生が手招きしてきた。
「ありがとう、灰野さん、佐藤くん」
なにやら忙しいのか、机の上は書類やら教材で汚いし、その顔には疲れが見える。灰野が労いの言葉をかける。
「お疲れ様です、先生」
「……体調不良はしょうがないよ。ご家族が迎えに来てくれたからまだ、ね」
ロングホームルーム中に担任がいない理由はこれで、無事に終わったのならなによりだ。
「お茶のひとつでもご馳走したいところだけど、まだ授業中だから戻りましょうか」
はい、と返事をして集めた宿題を先生の机に……机に。
「どこ置きます?」
「ごめんなさい、片付けます」
ざばっと雑に避けて、空いた場所に置く。
「そうそう、灰野さん」
いま思い出したかのように、先生は手を合わせる。
「2学期には生徒会役員選挙があるから、公約を考えておいてね」
「はい、頑張ります」
優等生らしいお行儀のよい返事だった。
◆ ◆ ◆
「――第1回、生徒役員選挙で落選する方法を考える会議ぃ」
いえーいぱちぱちと、灰野がひとりで盛り上がっている。
机の中にメモ紙が仕込まれていた。夏休みはメッセージでのやり取りが多かったので、少し新鮮だなとネカフェの部屋で待ってたら、入ってきた灰野がすぐこれだ。
テンションがおかしい。
「清き一票入れればいいの?」
「口塞ごうか?」
そっと唇を隠す。
最近の灰野の脅しはセクシャルで本気だった。お行儀のよい優等生は残暑に落としたアイスのように溶けて蟻の餌になったらしい。