第3話 クラスの女子と同じベッドで寝て、性欲じゃなくて安心しか感じてないのは倒錯的だと思う
「彼シャツがよかったー」
「次な次」
人の部屋に来て、文句タラタラだ。
灰野が着ているのはオーバーサイズのTシャツだ。最初は俺が学校で着ているYシャツをご所望していたが、丈がミニスカどころじゃなくなるので却下した。
ソシャゲのキャラみたいなことになる。……いまのも十分怪しいけど。
「予約しとく」
「ネカフェじゃないのよ」
人のベッドにぼふっと飛び込んで、スマホを弄る。スケジュールにでも追加してるのか? 足をパタパタさせて、裾が捲れる。ネカフェでもちらちらしてるのに、服装が違うだけで漂うエロスはなんなんだ。風呂上がりだから?
「帰らなくていいの?」
「え」
灰野がこっちを見て、目を丸くした。
「こんな豪雨で雷も鳴ってるのに、女の子を追い出すの?」
「HEY! たくしぃー」
と、やたら陽気に言ったら、呼んでもないのに雷がピカッとゴロゴロやってきた。びくっと震えて、いそいそとベッドの掛け布団を手元に寄せて被る。
「ねー? 帰っていいの?」
「女の子の外泊はどうかと」
「一緒にお風呂入って、いまさらじゃない?」
そうだけど。
そうやって境界線を曖昧にしていくと、なんでも『いまさらじゃない?』でなぁなぁになってしまいそうだ。パレットの絵の具がぐちゃぐちゃに混ざって、元の色が判別できなくなるみたいに。
道徳と倫理が見極められなくなる。
「でも、怖いでしょ?」
「……男の子なので」
「…………わーっ!」
「ふなっふっ!?」
耳元で叫ばれて、心臓が跳ね上がった。
胸を手で押さえると、内側からドクドクッと叩いてくる。心臓が……破裂するかと思った。せっかくお風呂に入ったのに、全身から汗が吹き出す。鳥肌もすごい。
「ほら、帰れない」
まるで俺のせいみたいに言って、灰野が笑った。
「律」
灰野が手を引っ張ってくる。
力が抜けて抗えない。そのままベッドに連れ込まれて、灰野の顔が見えた。
「同衾だ」
「俺のベッド」
「マーキングしたから、私の」
猫が縄張りを主張するみたい。
「お泊り会みたいでわくわくする」
布団を被って、暗闇の中で灰野がゆるゆると笑っている。
内と外を隔たれて、五感のすべてが灰野だけを感じ取っていた。
「幼稚園児」
「りつくんのとなりはわたしー」
灰野にとっては、この程度はお泊り会と同じってことか。良いのか悪いのか、気持ちをどこに置くか迷う。
金木犀とシャンプーの匂いが布団の中に満ちる。
「逆上せそう」
「私に?」
「灰野に」
ぬふふ、となんか変な笑いをされた。喜んでる?
「寝れそう?」
「まだ5時なんだよ」
夕方で、晩ごはんすら食べてない。
ベッドで転がったところで眠れるわけもなかった。
「目が冴えることばっかだし」
「私がセクシャルすぎたかー」
間違ってない。
「りーつ」
呼ばれて、抱き寄せられる。
ふくよかな胸に埋もれる。シャツの上から、家の匂いと灰野の匂いがした。
「……柔らかい」
「抱きしめられると、ストレスが軽減されるんだって」
どう? と言われてもわからない。別のストレスが生まれている気もするし。
でも、
「灰野」
「なに?」
「ありがと」
お礼は言っておこうと思った。
もう雷は聞こえない。
「律はおっぱい好きだねー」
そっちに感謝はしてない。……してないが、柔らかさは堪能しておく。
◆ ◆ ◆
チュンチュン、と鳥の鳴き声が目覚ましになった。
「……寝てた」
ガチ寝だ。
時計は……朝の6時を過ぎた辺り。10時間以上寝てたってマジ? 人間そんなに長く眠れるものなんだな。
隣を見たら、灰野がよだれを垂らして寝ていた。
布団は捲れて、お腹まで出している。
「これがいわゆる朝チュンというのか」
朝起きて、鳥のチュンチュンとした鳴き声が聞こえてくる。朝チュンだ。
お腹に手を乗せる。
すべすべしていて、ずっと触っていたくなる。
「あー……よくない」
抵抗なく触ってしまった。
理性のブレーキをかける選択肢すら出てこなかった。空いている高速道路でアクセルを踏み続けるようにお腹をぺたぺたしてしまった。
「よくない」
これで性欲じゃなくて安心しか感じてないんだから、倒錯的だと思う。
◆ ◆ ◆
お腹が減った。
そりゃ、夕飯すら食べてないんだから当たり前だ。
「適当に目玉焼きとトーストで……」
寝すぎて体がだるいから手抜きを考えて。
俺の部屋ですやすやしている灰野を思う。
「来てもらったのに、手抜きもなぁ」
いくら俺が呼んでないからといって、助かりはした。や、助かったといってもそういう意味で助かったわけじゃなく雷でひとりでいなくて助かったという意味であんだばさー。
「冷凍庫になにかあったような」
少しくらい手の込んだものを作ろうと思う。
鮭があって、ロースもある。野菜もあるし、味噌玉も残ってる。あぁ、ハンバーグのタネも冷凍してたな。灰野の好みは……パフェ?
「あ、ふぁぁっ……りつぅ?」
くあっ、と欠伸をしながら伸びをした灰野がやってきた。締めつけられてないお餅がたゆんっと揺れている。そういえば、お風呂場乾燥で干したままだったね。
ぺたぺた素足で歩いてきて、キッチンにいる俺を見つけると、にへーっと頬を緩ませた。
「おはよう、りつ」
「……うん、おはよう」
そういう反応をされると、軽口も言えなくなる。
トコトコ歩いてきて、ぽふっと肩に頭を乗せてきた。
「おなかすいた。あさごはんまだー?」
手のかかる子どもがかわいい母親の気持ちが少しだけわかった。