第4話 初めての通話は、雷が怖いから
「うわっ、光った」
窓の外でゴロゴロ鳴ってる。
さっきまで曇っていただけなのに、急にこれだ。夏の天気はすぐに変わる。まるで上司に仕事をしろと怒られた部下のように慌てて雨が降り始めた。
「あ、洗濯」
跳ねるようにベッドから起き上がって、ベランダまで走る。
「あっぶな」
激しい雨。
朝から干していたのに、これで濡れたら洗濯がやり直しになるところだった。夏は乾きやすいが、だからといって二度手間なんてやってられない。
ほとんど乾いてるし、畳んじゃうか。
そうして、リビングで洗濯物を畳んでいる間も雷は鳴っていた。どこかで落ちたのか、やたら強く光るときもあってその度にびくっと体が震えた。
雷は……あんまり得意じゃない。
「テレビ点けよう」
リモコンの電源を押す。……あれ?
「落ちてる?」
マジか。
キッチンまで見に行ったら、給湯器のデジタル時計が点滅していた。知らない間に停電してたのか。
冷蔵庫は……生きてるな。
「ぴゃぁっ!?」
光って、鳴った。
大きな音で、変な鳴き声が口から出てしまった。ひとりだったから誰にも聞かれていない。よかったなー……なんて、ちょっと自虐っぽい。
「テレビは……やめとくか」
また、落ちるかもしれないし。
洗濯物を手早く畳んで、部屋に戻る。ベッドで膝を抱えて、掛け布団を頭から被る。イヤホンをつけて、動画サイトで適当に音楽を流した。
「……ほんと、勘弁してくれ」
雷を怖がるなんて、情けなくなる。
でも、怖いものは怖くて、微かに震える手をぎゅっと強く握る。
いつかは過ぎる。
こんなのはスコールで、数分で過ぎ去るに決まってる。だから、平気。ひとりでも……大丈夫。
「…………」
大丈夫、だけど。
でも、頼っていいなら。
タプ、タプ、とメッセージを送る。
『通話、できる?』
送って、ちょっと後悔。
こんなことで連絡するのもどうかと思う。もし、繋がっても最初の通話がこれっていうのも情けなさマシマシだ。いまから削除しようか。それで、なかったことにすればいい。
間違えて送ったって言えば、それで、
『――珍しいね、通話なんて』
灰野の声が、イヤホンを通して聞こえてきた。
◆ ◆ ◆
『なに? 私に会えなくて寂しくなった?』
からかいの混じる灰野の声に、少しで肩の力が抜ける。
明るい声で、俺と違って雷を怖がっている様子はない。
「……そう、かも」
『素直』
「かも」
いつもなら立て板に水のように出てくる軽口も、いまばかりは淀む。短い返答しかできなくて、声も小さくなってしまう。こっちから通話をお願いしたんだから、なにか話題を振らないと。
そう思うも、口は上手く動いてくれない。
『? 律、どうか――』
「――ッ」
大きな音がした。
喉から声にならない悲鳴が漏れて、あぁ、と顔が羞恥で熱くなる。
『…………』
しばらく間が空いて、
『もしかして、雷苦手?』
「…………うん、まぁ、うん」
否定する余裕もなくて、頷くしかなかった。
血が上がったり下がったり忙しい。いっそ気絶できたらと思うけど、こういうときに限って意識は明瞭だ。憎たらしいほどに。
『そっか』
ギィッ、と向こうから椅子が軋むような音が聞こえた。
『なら、話してようか』
「いいの?」
『律から通話しようって言ったんでしょ?』
「そうだけど……悪いかなって」
『謙虚ー』
笑われて、膝の中に顔を埋める。
『弱ってる律と私が話したいから、このままでいいよ』
「……意地悪」
拗ねるみたいに言ったら、それはそうでしょ、って言われた。
『私、小学生だから』
精神性が幼いという意味だろうか。
『にしても、律が雷苦手とは思わなかったなー』
「俺だって思わ――うひゃっ!?」
ゴロゴロと室内に響いた。
鳴いて、泣いて。
慌てて口を押さえたが、もちろん遅かった。
『……かわいい声だね?』
「おやすみ」
『まだおやつの時間だけど』
まだ寝てた方がマシな気がしてきた。
「…………昔から、家でひとりだったから」
静かな部屋。
テレビを点けて、音楽をかけても、その静けさは変わらない。紛らわそうとしている時点で、たぶん駄目なんだと思う。幼い頃から、ガラスを割るように大きな音を立てる雷は……ちょっとトラウマ。
『そっかー』
そう説明したら、灰野が納得した声を出して、
『でも、今日は朝まで雷らしいけど、大丈夫?』
「…………なんでいまそういうこと言うの?」
怖いって言ったじゃん。
『や、意地悪じゃなくて。どうするのかなーって思って』
「どうもなにも……すぎるまで待つ」
そうするしかない。
『今夜は……ひとり?』
「そう」
『ならよし』
よくねーが。
スマホの向こうでなにやら物音が聞こえ出す。
なにしてるんだ?
『話せなくなるけど、通話、繋げっぱなしにしといて』
「……話せないなら切るけど?」
『律がおねしょするから却下』
「しない」
そこまでじゃない。……ちょっと、泣きは入ってるけど。
「灰野?」
話しても返事がない。
本当に話せなくなってるらしい。でも、通話は繋がっていて、微かな物音が灰野がいることを教えてくれて、少しだけ安心を覚える。
「雨?」
扉の開く音がした。
地面を激しく叩く音が大きくなった。まるで、外に出たみたいな……って。
「嘘……だよな?」
何度も話しかけても返事はない。
でも、ずっと物音は聞こえていて。
雨の音。
雷の音。
歩く音。
車の音。
バスの車内放送。
――インターホンの音が、スマホと家と、二重に聞こえてきた。
「傘、壊れちゃった――雨宿りさせてよ」
走って玄関を開けたら、ずぶ濡れになった灰野が立っていて。
悪ふざけのような冗談を口にして、イタズラが成功したと笑っていた。
◆第5章_fin◆
__To be continued.