第2話 別に解釈違いってわけじゃない……ない

 別に楽しくないわけじゃない。
 笑顔で振る舞う私だって、私に違いはないのだから。
 でも、コップに満たされた水が蒸発していつしかなくなるように、少しずつ、ゆっくりと減っていくものがある。

「灰野さん、来てくれてありがとー」

 わー、と腕を広げて(><)と突進してくるクラスメイトをさらりと避ける。女同士でも、不用意に接触したくはない。ソファーに倒れたクラスの女子がぴえん顔で見上げてくる。

「ひどーい」
「驚いちゃって」
「ちょー冷静に避けられた気がするんだけど?」

 ちょー冷静に避けたから。
 女子ってどうしてこんなに近いんだろう。同性だろうと他人は他人。暑苦しいし、パーソナルスペースをもっと取ってほしい。

「お硬いいいんちょには女子の触れ合いは厳しいか」
「ポテト食べる?」
「るー」

 内線で注文する。
 食べたくはないけど、意識を逸らすのには役に立つ。とりあえず、ポテトを口に突っ込んでおけば黙るだろう。世の男性は知らないだろうが、女の子は揚げ物が大好きだ。

「そういえば、佐藤くんとは付き合ってるの?」

 届いたポテトを摘みながら、なんでもない風を装って訊いてくる。それまで、熱心にデュエットしていた2人の目もこっちを向いた。
 もしかして、これを訊きたいがために呼んだ?
 本音と建前。
 あー……目に見えないなにかがごりごり減っていく。

「まだ付き合ってないよ」
「まだ!」

 マイク放せ。うるさい。

「ごめんね、言い間違えちゃった」
「えー? そうなのかなー? 本音が出ちゃったとかじゃないのー?」

 うりうりと、肘で突く真似をしてくる。
 叩き落としてやりたいなー。やらないけど。

「……どうかな?」
『キャーっ!?』

 ハウリングがうるさい。
 女子の声って、どうしてこんなにキンキンするんだろう。黄色いっていうか、ネオン色でしょう。耳が痛い。

「いいなーいいなー、わたしも恋したいなー」
「芽衣、彼氏いなかったっけ?」
「……あいつ、中学生に手を出しやがった」
「きしょー」

 あっさり話は私から逸れて爆速していく。
 結局、自分の話をしたかっただけなんだな。承認欲求とどう寄り添っていくのかが、女子の生き方なんて言う人もいる。他人の話なんて『へー』『そー』でスマホタプタプだから。

「まぁでも、佐藤くんは悪くないよね」
「……へーそー」

 歌い終わった子が隣に座ってきて、そんなことを言う。

「なんか声低くない?」
「喉が枯れちゃったのかな」
「飴ちゃんあげる」
「ありがとう」

 ハート型のやたら透明な飴を貰ったので、握っておく。

「副委員長だし、結構真面目だよね。バカなことしないし」
「そう……だね?」

 それはぼっちなだけだ。
 もともと教室でバカ騒ぎするタイプじゃないけど、ひとりで読書している姿を格好いいと思ったり、大人っぽく見えたりするお年頃なのだろうか。同年代よりも年上が好き、みたいな。

「誰かとつるんでるとこは見ないけど、コミュ障ってわけじゃないよね」
「しっかりしてるから」

 それは壁を作っているから、律は自ら望んであの立場にいる。
 かといって虐められるような大人しい引っ込み思案な性格をしているわけでもなく、副委員長としてホームルームとかで前で話すときもさらっと熟している。

 へー、いがーい、なんて心で思うこともある。担任からの印象も悪くないと聞く。

「顔も悪くないよね」

 そうだけど、いいと言えないなら評価しなくていい。

「ああいうのクールっていうのかな?」

 違う違う。
 律はクールってわけじゃない。あれは単に話す相手がいなくて、ただなにも考えていないだけ。教室の窓から空を見ながら『今日の晩ごはんなににしようかなー』とか考えているのがクールなわけない。正反対すぎる。

 パシパシと心の中の小さい私が地面を叩く。

「だからなのかな」

 ぼんやりなにかを思い出すように呟く。

「?」
「告白したいって子がいるんだよね」
「………………へー」

 なるほどそんな子が。
 まぁ? 高校生だし? 接点とかなくても好きになるとか? そういうこともあるかもしれないようなないかもしれない。付き合ってもいない私がどうこう言えるわけもなく、好きにしたら? と鼻で笑ってやりますとも。

 だから満面の笑顔で私は言う。

「――その子のお名前は?」

 ついでに住所と親類縁者、SNSとマッチングアプリのアカウントを教えて。

  ◆ ◆ ◆

 珍しい。

「……死んでる」

 水曜日に呼び出されて、ネカフェに行ったら灰野が陸に上がった魚みたいになっていた。目も死んでいて、全身に力が入ってないのがわかる。

 最初の頃はこういう光景もよく見たが、最近はお喋りしているのも多くて、ただ横になってぼーっとしているのはあまり見なくなっていた。よっぽど疲れることでもあったのか?
 わからないけど、そっとしておこう。

 起こさないよう反対の壁際に寄って――がぶっ。

「……なんで噛んだ?」
「ふぃふぁふぁふぁふりふぃははら」
「なんて?」

 というか、人の脛を噛んだまま喋るな。くすぐったい。いや、これもおかしいな? そもそも噛むな。大前提が間違っている。衝動的に噛むってなに? 犬かなんかなのこいつ?
 甘噛みだから痛くはないけど。

「律が悪い」
「はいはい俺が悪いよごめんなさいね」

 なんか知らんけど謝っとこ。
 そんな気持ちが見透かされたのか、今度は飛びかかってきて首筋をハミハミされた。吸血鬼なの?