第2話 令息令嬢の夏休みの過ごし方2
「……なんでへそ曲げてんの?」
「べぇつにぃ?」
そのねっとりとした声音のどこが別になのか。
談話室に着いた途端、イリスはクッションに顔を埋めて、ソファーの上で足をパタパタさせている。
「スカートではしたないですよ、王女様」
「今日は黒」
「せくしー」
スカートの中身が気になる情報だったが、ここで覗いたら変態の烙印を押されるので自重しておく。俺は紳士なので。
触らぬ王女様に祟りなし。
イリスから視線を外すと、控えめで清楚なノックが耳に届いた。
「失礼します」
「よ」
入ってきたルーナリアに手を上げると、パッと笑顔の花が咲いた。わかりやすい嬉しそうな反応にこっちまで笑顔になる。
年中不機嫌顔なイリスとは大違いだと思っていると、なぜかクッションが顔に飛んできた。
「なぜ」
「なんかムカついたから」
エスパーかよ。
顔に埋まったクッションを剥がしてジロリとイリスを睨むが、知ったこっちゃないと自分の爪を見つめていた。せめてこっち見ろや。
威嚇していると、いそいそとルーナリアが同じテーブルの席に着いた。スカートの裾を直して、手ぐしで栗色のゆるふわっとした長い髪を直している。
その所作には品があって、いかにも令嬢って感じがする。見ていて感心してしまう。
「なんか、王女様って感じ」
「一応、第七王女ですけど」
「ははは、面白いこと言うな」
「…………なにが面白いって?」
低く冷え切った声が背中を刺してくる。
なにがって、肩書が王女だとしても、王女様らしさとはまた別だよなーという意味で。事実、王女だとしても、振る舞いまで王女にはならないっていうね!
これを口にしたら、次は声どころか物理的に背中を刺されそうなので言わないけど。いまも背筋を冷たい気配が伝っているし。振り返るのがちょっと怖い。
「ルーナリアはそのままいい子でいてねって話」
「えっと、ありがとう……ございます?」
困惑しつつも、てれてれとした微笑みがかわいい。
蝶よ花よと育てられた貴族令嬢は純粋っていうけれど、純粋さに傲慢みたいなのも多いわけで。
「素直なまま育ってほしい」
「……誰目線よ」
俺目線。
なんて益体もない話をしていると、席を外していたアイシアが戻ってきた。その右手には丸いトレーが乗っていて、飲み物が注がれたグラスが乗っているにもかかわらず、その動きは精細だった。
見惚れるくらい軽やかな所作で、まるでウェイターのように「どうぞ、お嬢様」とルーナリアの前に静かにグラスを置く。その華麗な立ち振舞にルーナリアは琥珀の瞳をキラキラさせていた。
「格好いいですね」
「ありがとう、蝶のように可憐なキミに褒めてもらえると嬉しいね」
なんて、息を吐くように口説くようなことを言って、免疫のなさそうなルーナリアを照れさせている。男装していようが、スカートを履いていようが、イケメンの本質は変わらない。
相手が同性であれ、よくそんなキザな台詞を口にできるもんだ。俺が言おうものなら周囲は凍りつく上に、顔面から火が出るね。
「紳士なルシアンにも」
「……紳士だけど」
自分で冗談交じりに評するのはともかく、他人からそう呼ばれるのはバカにしているんじゃないかって思ってしまう。アイシアにそんな気はなく、ただ純粋に……ではないとだろうが、からかい意図がないのもわかっている。
ニッコリと爽やかに微笑みアイシアからグラスを受け取る。
「お」
冷たい。
いまさら気づいたが、氷が入っていた。夏にはやっぱり氷だよなー、ありがたい。
グラスの表面を濡らす水滴が心地いい。触れた部分から冷気がじわりと手に染み込んでくる。ひと口飲んだ果実酒は、河川を流れる水のようで、火照った体を芯から冷やしてくれる。
「あー……生き返る」
「おっさんみたい」
「いずれみんなおじさんになるんだよ」
イリスのツッコミに返していると、ルーナリアが「え」と声を上げた。その顔は『みんなおじさんになるの?』という怯えた顔で、ないない手を振っておく。
ここで、女はおば……とかいうと、女性陣から非難轟々で果実酒を頭からぶっかけられる。とはいえ、この話題を続けていると濡れた口が滑りそうだ。変えておこう。
「よく氷なんて貰えたな」
「食堂で頼めば貰えるよ」
「へー」
知らなかった。
氷は高級品なのに、頼めばあっさり出てくる辺り貴族の学園ということなんだろう。俺が言っても貰えるのかな? と、アイシアとの身分差を考えていると、ルーナリアが「そういえば」とグラスから唇を離す。
「アイシア様のご実家の特産品ではなかったでしょうか?」
「さすがルーナリア様。よく勉強されている」
「知らない俺が不勉強みたいだ」
「これからキミに知って貰えるのなら、こんなに嬉しいことはないよ」
真逆のことを言っても、相手が喜ぶ言葉を選ぶんだから、さすがに学園の王子様。それとも、生徒会長という立場ゆえの言葉選びなのか。
「ボクの領地は北部の寒冷地でね、氷が特産のひとつなんだ。避暑地としても有名だから、夏の間はぜひ領地に遊びに来てほしい。|氷湖祭《ひょうこまつ》りという夏のお祭りもあるから」
そういえば、スノーティア公爵領は北部だったか。
雪のように白い肌も、氷のように透き通った青い瞳も、寒冷地で育ったというと納得感があった。関係ないだろうけど、印象的に。
宣伝か、はたまた本気の誘いか。
どっちとも取れる笑顔にどう答えるべきかと考えて、せっかくだからとルーナリアに話を振ってみる。
「ルーナリアは夏季休暇はどう過ごすんだ?」
「わたしは……」
喉がつっかえたように、ルーナリアが言いづらそうに口をすぼめる。
「……一度、国に帰らないといけません」
「やっぱそうだよな」
その理由は追求せず、同意だけしておく。
隣国の王女様だ。第七位とはいえ王女なのだから、時間があれば国に帰るのは当然か。俺ですら帰省するつもりなんだ、王女様ともなれば、だ。
「イリスは……どうでもよくて」
「不敬罪、斬首」
ざしゅっ、と手刀で首を切る動作をするので、首を押さえてうぎゃぁっとうめき声を上げておく。その舞台役者もかくやな迫真の演技に、イリスが「うっさい」と耳を押さえた。
そっちから振ったのにこの仕打ち、やはり王女様だったか。
「で、アイシアは?」
「キミの首がついでみたいだね」
「繋がるからな」
ソファーでだらしなく転がっている王女様が「きしょいなー」と感想を口にしていたが、ガン無視を決める。一々反応していたら話が進まない。ルシアン覚えた。
「もし繋がらなかったときは、ボクが縫ってあげるよ」
「……それはぜんぜん嬉しくないのよ」
斬首された首を繋げる令嬢って、それはもうホラーなのよ。
血に濡れながら首を繋げようと皮膚に針を通すアイシア……病んでいる。思わず首が繋がっているか確認するくらいには怖い想像だった。冗談に聞こえないからなおさら。拭った汗がいやに冷たく感じる。
「ボクも領地に戻るつもりだ」
だから、もし避暑に来た場合には歓迎するよ、とアイシアは柔らかく目を細めた。